衆議院インターネット審議中継より
本連載は、安倍政権を支える巨大組織・日本会議の全体像を、関係者の来歴と、70年安保闘争で生まれた民族派学生運動に連なる歴史を明らかにすることによって解明することを目的としている。
目下、取材と調査、および次回の大型原稿の準備のためしばらくお休みを頂戴していたが、見逃せないニュースが飛び込んできた。
昨日の衆院平和安全法制特別委員会における菅義偉官房長官の答弁だ。
(参照:2015年6月11日付毎日新聞/
「安保関連法案:「合憲という学者」官房長官たくさん示せず」)
民主党・辻元清美議員から「(集団的自衛権を合憲とする憲法学者が)こーんなにいる、と示せなければ、法案は撤回した方がいい」と指摘された菅官房長官は
長尾一紘・中央大名誉教授
百地章・日本大教授
西修・駒沢大名誉教授
の三名を「集団的自衛権を合憲とする憲法学者の具体名」として挙げた。
大方の反応は、「あれだけ『たくさんいる』と豪語していたのに、たった3名とは……」というものだろう。しかし筆者はむしろ「やはりこの三人か」となかば呆れ返る印象を抱いた。
これまでの連載でもお伝えしたように、日本会議が今現在もっとも力を入れるのが憲法改正運動だ。
日本会議はそのフロント団体『美しい日本の憲法をつくる国民の会』を通じて、目下、1000万筆を目指して全国的な署名活動を展開している。また、
連載の番外編2でお伝えしたように、各地の地方議会で「早期の憲法改正を求める意見書」を採択させる運動も展開している。
また、もう一つのフロント団体『「二十一世紀の日本と憲法」有識者懇談会』(通称・民間臨調)(
公式サイト)を通じては、各界の識者や政治家を招聘して、「憲法フォーラム」と題するパネルディスカッションを全国各地で展開中。今年の憲法記念日には、砂防会館に約900人の聴衆を集めたシンポジウムを開催し、一刻も早い憲法改正を訴えた。
そして驚くべきことに、菅官房長官が挙げた三名の憲法学者――長尾一紘・中央大名誉教授 百地章・日本大教授 西修・駒沢大名誉教授――は、みな、この2団体の役員なのだ。
その関係性を図表にまとめてみた。
⇒【資料】はコチラ https://hbol.jp/?attachment_id=45062
見事に、三人揃って、日本会議フロント団体の役員であることがおわかりいただけるだろう。
つまるところ菅官房長官の発言は
「集団的自衛権を合憲だという憲法学者はいる。ただし、みな日本会議の人間だ」と要約すべき発言なのだ。
とりわけ、百地章・日大教授が「美しい日本の憲法を作る国民の会」の幹事長、「二十一世紀の日本と憲法有識者懇談会」の事務局長を務めているのが目を引く。
日本会議がもっとも力をいれる改憲運動のための組織で要職を占めているのだからただ事ではないだろう。
アカデミズムの世界で、百地章はさほど有名な学者ではない。しかし「保守論壇人」としての露出度は近年とりわけ高い。また、在特会などをはじめとする「行動する保守」を長年観察してきた人々にとっては「センター試験の出題に腹を立てて文科省に抗議した不思議なおじさん」としてマニアックな知名度を有してはいる。
このように学者としてではなく特殊な知名度を持つ百地章だが、日本会議をとりまく「一群の人々」(連載
第7回参照)の中では重きをなす人物だ。
百地章が静岡大学を卒業したのが1969年。ちょうど東京では、長崎大学の椛島有三(現・日本会議事務総長)を中心として『全国学協』が結成されたころだ。全国学協は「生長の家」の信者学生の運動を軸として「民族派学生の全共闘」をめざして結成されたもので、あくまでも運動目標は「左翼・セクト学生運動との闘争」にあった。そのため民族派学生運動のなかから「闘争一本やりではなく、サークル団体として学生たちに文化的な活動を通じて思想教育をする運動体が必要だ」との機運が高まる。その結果生まれたのが、『全日本学生文化会議』だ。
この『全日本学生文化会議』も生長の家の信者学生の運動とその周辺にあつまる民族派学生の運動を母体としていた。結成大会が開かれたのは1969年11月。
この結成大会の大会実行委員長を務めたのが、静岡大学を卒業し京都大学修士課程に進んだ直後の、百地章だ。
筆者のインタビューに答えてくれた、生長の家学生運動の元闘士は、「当時、椛島有三さんや安東巌さんなどの、長崎大学系の人たちは武闘派や謀略家というイメージでした。しかし百地さんは、知的で物腰がやわらかくてね。それにハンサムだったし」と、当時の百地について、貴重な証言を語ってくれた。
その後、『全国学協』をはじめとする民族派学生運動は、左翼学生運動の終焉にともない下火になる。だが、『全国学協』の社会人組織として椛島有三が作った『日本青年協議会』と、百地章が結成大会の実行委員長を務めた『全日本学生文化会議』はその後も運動を展開し、ついには巨大組織・日本会議の事務局を担う運動体となった(連載
第5回参照)。
『全日本学生文化会議』の結成後、百地章は博士号取得や留学などで、運動から遠のくものの、折に触れ『日本青年協議会』の機関紙『祖国と青年』に憲法論を中心に寄稿を続け、『日本青年協議会』の改憲論のイデオローグとして活動を続けてきた。その直近の成果が『祖国と青年』の改憲記事からうまれた『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』という企画だろう。百地章は、
書籍化もされたこの企画でも監修をつとめている。
また、百地章の活動は改憲論のみにとどまらない。
アメリカ・グレンデール市に設置された従軍慰安婦像の結果、現地の日系人がいじめられているという事実無根のデマに基づき、「朝日新聞はNYタイムズに慰安婦誤報についての謝罪広告を載せろ」と意味不明の運動を展開している『「朝日・グレンデール訴訟」を支援する会』という団体がある。
この団体の代表者は、誰あろう、百地章だ。(百地章が寄付を呼びかける
Webページ)
ある特殊な背景を持つ学者たちの名前を挙げた菅官房長官
以上のように、百地章がある特殊な組織に属し、その組織の意向に沿った特殊な政治的思想から改憲論や慰安婦問題論を展開していることは明らかだ。そして、前述のように、百地章のみならず、長尾一紘・中央大名誉教授と西修・駒沢大名誉教も、日本会議フロント団体の役員という特殊な背景をもつ。
このように特定の組織に属する特殊な学者の意見を「集団的自衛権は合憲と主張する学者」の傍証として挙げる菅官房長官および安倍政権は、もはや日本会議系の人脈に頼らざるを得なくなっていると見るほかない。
言うまでもなく、集団的自衛権に関する議論は、日本の将来を左右する重大な課題だ。このような課題を議論するにあたって、特殊な政治意図をもった特殊な人々の主張に依拠するのは、問題と言わざるを得ないのではないだろうか。
<文/菅野完(Twitter ID:
@noiehoie)>