曖昧な根拠で住民投票の結果を「分析」する愚

曖昧な根拠で住民投票の結果を「分析」する愚

大阪市庁舎 photo by JKT-c(CC BY 3.0)

 大阪市を解体し5つの特別区を設置する是非を問う住民投票は、僅差で、反対票が賛成票を上回る結果となった。

「都構想否決」のニュース速報が流れた直後から、この選挙結果をどう捉えるべきか、実にさまざまな人々が選挙結果分析を発表している。

 中でももっとも早い段階でメディアを通じて選挙結果についての分析を発表したのは、辛坊治郎氏だろう。氏は、18日早朝5時、読売テレビの「朝生ワイド す・またん!」に出演し「高齢者の方で、いまの大阪市のゆるい生活保護基準だから生活保護を受けられるけど、きめ細かい行政単位になって生活保護を受けられなくなってたら困る人たち」や「(高齢者向けの)タダのバスの切符やタダの地下鉄の切符を取り上げられたら、たまんねー(原発言ママ)という人たち」が、「圧倒的に反対派に舵をきった」のが、反対派勝利の要因であるとの見解を述べた。

 つまり、「既得権益者たる高齢者による反対票が住民投票の帰趨を決定した」との分析だ。

あまりに粗雑な辛坊氏の“分析”


 辛坊氏が分析の根拠としているのは、このようなグラフである。

⇒【グラフ】はコチラ http://hbol.jp/?attachment_id=40672

曖昧な根拠で住民投票の結果を「分析」する愚

「朝生ワイド す・またん!」放映データより筆者作成

 確かに、このグラフをみれば、男女ともに70歳代以上の高齢者に反対意見が目立つ。

 しかし、果たして本当に、このグラフを根拠に「高齢者の反対意見が勝敗を決した」とまで言い切れるのだろうか?

 このグラフはあくまでも出口調査の結果だ。そしてこのグラフにはサンプル数(n数)が明記されていない。つまり、このグラフからは、「何人の高齢者が出口調査に応じたのか?」「出口調査に応じた若年層は何人いたのか?」などの情報は一切読み取れない。また、そもそもこのグラフには、各世代別の有権者数や実際の投票者数の情報がない。どの年代のどの意見がどれほどの影響を投票結果に与えたのかを言及するには、年代別投票率や年代別有権者数など他の指数とのクロス分析が必要なはずだ。

 しかし、辛坊氏は、そのような分析作業を経ず、母数不明の「男性高齢者の61.3%が反対」等の極めて曖昧模糊とした数字にのみ立脚し、選挙結果を分析している。さらに氏は、「生活保護を受けられなくなるから」「無料交通券をもらえなくなるから」と高齢者の反対理由を分析しているが、それを裏付けるデータやアンケート結果などどこにも示されておらず、あくまでも氏の想像の産物でしかない。

 あらゆる側面からみて、「高齢者の反対票が反対派勝利の要因である」とする辛坊治郎氏の投票結果分析は、乱暴だと断ぜざるを得ないだろう。

 曖昧な根拠に立脚し乱暴な分析を公開しているのは、辛坊氏だけではない。

続々と「世代間対立」を煽る“識者”が登場


 評論家の宇野常寛氏は17日22時53分という速報が出た直後の段階で「今に始まったことではないけど、選挙とは情弱高齢者をいかに騙すかで決まるゲームになってしまってるのだな、と改めて痛感した次第です。はい。」とTwitterで発言している。
https://twitter.com/wakusei2nd/status/599935810251554817

 また、アルファブロガーのちきりん氏も、17日22時51分の段階で「票の価値を平均余命とリンクさせるべきだよね。」と、世代間対立を煽るような発言をTwitterに残している。
https://twitter.com/insidechikirin/status/599935359854739457

 両氏とも、住民投票の結果が確定した直後に発言している。そのような早い段階で細密なデータなど用意されているわけがなく、両氏ともなんら定量的な根拠を持たずに世代間対立を煽るような発言しているのは明らかだ。

 このような粗雑な選挙結果分析が見られるのは、世代間分析のみではない。投票所ごとの得票数速報を根拠とした地域間分析や、年収ランクを根拠にした収入格差間分析など様々な切り口の選挙結果分析が提出されているが、どれも、辛坊氏の総括のように、根拠の曖昧な乱暴な分析ばかりだ。

 しかし、乱暴な分析が溢れるのも無理はない。

 今回の住民投票の結果は、あまりにも僅差なのだ。あまりにも僅差であるがゆえに、総括をしようにも総括しがたいのだ。

 賛成票=694,844票 反対票=705,585票。その差わずか10,741票。有効投票総数のわずか0.77%の差で勝敗は決まった。

 このような僅差の結果をもとにして、統計的に妥当で有意義な分析結果を導き出すためには、出口調査や世論調査や過去の選挙の投票結果など様々なデータと今回の選挙結果を付き合わせて比較検討する膨大かつ緻密な作業が必要となってくる。おそらく、計量政治学や統計学の専門家の手にかかっても数週間の時間を要する作業だろう。現段階で結論めいたことを口にするのは早計なのだ。

曖昧な根拠の浅薄な“分析”よりも我々がやるべきこと


 現段階で我々が明確に言い切れる統計的な事実は、「今回の住民投票は賛成・反対・棄権のそれぞれが33%ずつ獲得し、小数点1桁の僅差で反対票がわずかに上回った」という点しかない。そして、この選挙結果から見えてくるのは、「賛成と反対と棄権の3つに分断され傷ついた大阪」の姿だ。ここまで傷つき分断された街を再び一つにまとめるには、長い時間と膨大な努力が必要とされるだろう。

 だからこそ、曖昧な根拠で選挙結果を分析し、「あいつのせいで負けた」「あいつらが相手側の推進力だ」と軽々しく誰かを槍玉にあげるのは厳に慎むべきだ

 そして、これ以上の分断を進行させないためには、「何が勝敗を決したのか?」ではなく「そもそも、なぜ分断されてしまったのか?」という問いに向き合う必要がある

 断片的で曖昧な情報にもとづき、特定の属性を持つ誰かを「既得権益」や「利害関係者」などと決めつけ、それを叩く姿を見せることで自分の正当性を保持しようとする考え方。この浅ましい考え方こそが、大阪を分断させたのだ。

 もう2度とこの手に乗ってはならない。もう2度とこの種の詐術に騙されてはいけない。

 あまりにも総括しがたいこの選挙結果から我々が得なければならない教訓は、まずはこの点なのではないか。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>
1974年生まれ。アメリカ・テキサス州の大学を卒業後(専攻:政治学)、某一部上場企業に勤務。サラリーマンの傍、「保守かつ右翼」という立場から反原発運動・反レイシズム運動に従事。共著「踊ってはいけない国で踊り続けるために」(河出書房新社)など。単著「保守の本分」(扶桑社新書)


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