ベトナム戦争の「枯れ葉剤」が沖縄でも使われていた!?

枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」が入っていたとみられる空のドラム缶(右から2番目)と海兵隊員。沖縄・キャンプ・シュワブで(1971年撮影、ウィキメディア・コモンズから引用)

 今から約半世紀前のベトナム戦争。米国は敵が潜むジャングルを丸裸にするため、枯れ葉剤を散布した。枯れ葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれ、これを浴びたベトナム市民や米兵を中心に健康被害が生じている。

 ところがこの枯れ葉剤が、実は米軍統治下の沖縄でも、基地内の除草などの目的で散布されていた? との疑惑が持ち上がっている(米国政府は沖縄米軍基地での枯れ葉剤の備蓄と使用を否定)。

 これまでほとんど知られてこなかった沖縄での枯れ葉剤の実態について、英国出身のジャーナリスト、ジョン・ミッチェルさんは昨秋、著書『追跡・沖縄の枯れ葉剤』(高文研刊)にまとめた。

 本書によると、ドラム缶に詰められた枯れ葉剤が、沖縄の米軍基地内に大量に備蓄され、一部は漏れ出していた。住民の除草目的で横流しされた枯れ葉剤もあったそうだ。そして近年、基地跡地に造られたサッカー場の地中から、枯れ葉剤を詰めたとみられるドラム缶が掘り起こされた――という。

 以下はミッチェルさんへのインタビューである。

沖縄の住民にも健康影響


――沖縄での枯れ葉剤の備蓄と使用で、退役米兵に健康被害が出ているとのことです。一方、本書でも触れられていますが、沖縄の住民にも枯れ葉剤が横流しされて、使われたとの疑惑があります。沖縄県民への健康影響について、報告や告発はあるのでしょうか。

ミッチェル:沖縄の人々への健康被害は広範に及びます。本書でも述べていますが、1968年、200人以上の子供たちが、付近で枯れ葉剤を散布した直後とみられる浜で海水浴をした後に皮膚炎を起こし、一部はその症状が重く入院しました。

 また、名護市辺野古のキャンプ・シュワブ付近では、代表的な枯れ葉剤である「エージェント・オレンジ」を定期的に散布していた場所です。ここでも「地元の人が貝を採って食べた後に、相次いで亡くなった」という住民の報告がありました。

 加えて、この本を出版した後「元軍雇用員」だという沖縄の人から接触がありました。その人は「キャンプ・シュワブで働いた同僚の多くが若くして病気で亡くなっている」と話しました。しかし、沖縄県は元軍雇用員の健康調査を実施していません。

 特に心配されるのは、沖縄市サッカー場で運動していた子供たちの健康です。ここでは、ダイオキシンに汚染された枯れ葉剤のドラム缶が何十本も発掘されました。基地に隣接する学校に通った米国人の子供の中には、骨腫瘍と診断されたり、脳に嚢胞腫が見つかったりした子もいます。沖縄の子供たちへの調査の実施も不可欠です。

“沖縄の”ベトナム戦争はまだ続いている


――本書は、沖縄ではどのように受け止められているのでしょうか。

ミッチェル:沖縄の新聞やテレビが、本書について取り上げています。1月にジュンク堂書店那覇店でトークを行いましたが、満員で立ち見が出ていました。沖縄の人々は、この問題に強い関心を持っているのです。

 第二次大戦が沖縄に「不発弾」という恐ろしい遺産を遺したままだということは、誰でも知っています。しかし「ベトナム戦争が沖縄に与えた影響もまた、今もなお続いているのだ」と、私たちはようやく理解し始めたところです。40年前に終結したあの戦争が、沖縄ではまだ続いていると言えます。

――今、名護市辺野古で米海兵隊の新基地が造られようとしています。沖縄に米軍基地があること、そして日本と米国が沖縄に新たに基地を造ることは、沖縄に何をもたらし、今後にどのような影響を及ぼすと考えますか。

ミッチェル:ペンタゴンは、名護に大量破壊兵器を集約しました。1960年代初頭、コメを標的とした生物兵器として「いもち病菌」を散布する試験が行われました。辺野古弾薬庫には核弾頭も貯蔵されました。そしてキャンプ・シュワブには、大量の「エージェント・オレンジ」の備蓄があったのです。

 枯れ葉剤の使用に伴って、近隣一帯にも被害を与えました。ベトナム戦争中、地元でモズク産業が数を減らしたのは、基地での枯れ葉剤使用による影響ではないかと考えられます。「PCBが廃棄された」との目撃証言も出てきました。

 また本書で指摘したことですが、キャンプ・シュワブの基地従業員も汚染の被害を受けてていることは明らかです。

 こうした記録を踏まえれば「米国が辺野古の新基地をどう利用するのか」という懸念は極めて現実的なものです。ペンタゴンと日本政府はいずれも「環境への影響はない」と主張しますが、容易に信じることはできません。

基地返還後、汚染された土地の原状回復費用は日本負担!?


 沖縄に備蓄されていた枯れ葉剤は1972年当時、ドラム缶で2万5000本にも上った。これらは本土復帰直前、北太平洋のジョンストン島に搬出された。

 しかしサッカー場の地下からドラム缶が見つかったように、一部は基地内で埋め立てられたとみられる。本書では「普天間基地でも1981年、地中から100本以上のドラム缶が見つかった」と指摘する。もし普天間が返還されても、土地の汚染は取り除かなければならない。しかし、その費用は日本の負担だ。

 米軍基地内で行われてきたことの一端を明らかにする本書は、日米安保体制の下で暮らす私たちにとって、避けて通れない内容を含んでいる。

<取材・文/斉藤円華>


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