ゴーン逮捕に元下請け工場経営者が激白 。「異常な値切りで皆潰れていった」

橋本愛喜

東京モーターショーで見たゴーン氏

2013年、東京モーターショーで見たゴーン氏(筆者撮影)

 連日報じられている通り、今月19日、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏が、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で逮捕された。
 今回明らかになった同氏の不正報酬は、2011年から2015年で約50憶円。その後、直近3年分でも30億円が過少記載されていたことが明らかになるなど、その全貌が見えるまでにはしばらく時間がかかるだろう。

 事件を受け、帝国データバンクが20日、企業概要データベースの中から、日産自動車と国内主要連結子会社16社と直接取引がある取引先を調査・分析したところ、全国全業種合計で3,658社にのぼることが判明(個人経営、各種法人等含む)。

 ゴーン氏逮捕の衝撃は今後、こうした多くの関連企業に、深刻な影響を与える恐れがある。

 事件発覚以降、ゴーン氏に関する有識者の見解や分析が、連日各メディアから溢れ出る中、当時、日産や関連企業の下請け工場の2代目経営者として現場に立ち、結果的にその工場をこの手で閉じてしまった筆者にとっては、正直なところ、何を読んでも何を聞いても「虚無感」しか湧いてこない。

 あの頃、関連企業から強要されていた異常なまでの値引きは、一体何だったのか。ゴーン氏にとって、我々下請けは、どんな存在だったのか。

 彼に対するやり場のない怒りと、当時、過酷な状況にしがみ付いてくれていた従業員への申し訳ない思いが、今回の事件を通して今、再び込み上げてくるのである。

 2008年のリーマンショックや、2010年のギリシャ財政危機、2011年の東日本大震災などの影響により、日本は当時、異常なまでの円高の中にあった。

 1ドル75円台。日本の経済を支える製造業界では、大手が一斉に人件費の安い海外へ工場を移転し始めていた。

 これにより、それまで大手から受注していた多くの下請け企業が、存続の危機に晒されるようになっていった。

 ようやくもらえた小さな仕事も、やればやるだけ赤字を出すほど安工賃。今後の仕事に繋げるために断ることすらできない「蟻地獄」のような日々を送る工場もあった。

 筆者の父親が経営していた工場も、そんな下請けのうちの1社だった。

 日本の各大手自動車メーカーや系列企業から金型を預かり、研磨して納品していたその工場は、職人が最大でも35人。大手のくしゃみでどこまでも飛んでいくような極小零細企業だった。

 工場には、手持ち無沙汰な職人が「草むしり用」の軍手をして、新しい雑草が生えてくるのを待っている。忙しいのは営業だけだ。

 無論、当時はゴーン氏の不正など知る由もなく、閑古鳥の鳴く日産系列の取引先工場にも足しげく通っては、「仕事をください」と何度も頭を下げ、相手の言い値で作業をする日々。

 小さな工場内は、回転工具の機械音で会話もままならなかった最盛期からは想像もできないほど静かで、金型を砥石でこする「シャーシャー」という往復音だけが、やたらと大きく響いていた。

 業界全体の仕事量が薄くなっていることは重々承知していたが、抵抗せねばどんどん安くなる工賃をなんとかやっていけるギリギリで維持させるべく、毎度のように担当者のもとへと出向く。突如告げられた「1時間300円分の工賃カット」を考え直してもらおうと1か月願い倒しても、聞き入れられなかったこともあった。

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「失われた日本の技術を返してほしい」
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