周囲をウンザリさせる“毒舌家”に対抗するには?

陰口 悪口を言わずにはいられない人がいる。口を開けば、他人に対する文句ばかり。毒舌家を気取って、悪口三昧。本人は自覚がないのか、「悪口を言う人ってホント、イヤだよな」と声高に主張する。職場の空気を着々と悪くする“毒舌家”にどう対抗すればいいのか。  今回は大正時代の東京を舞台に、義賊たちの活躍と葛藤を描く『残侠─天切り松 闇語り(二)』(浅田次郎著/集英社文庫)から、打開策を探りたい。  本作の主人公・松蔵は“天切り松”の二つ名を持つ泥棒。幼い頃、義賊一家に預けられ、天井を切って侵入する「天切り」の技を身につけた。松蔵が、べらんめえ調で振り返る“昔の泥棒”の誇り。色濃い人情や侠気心が語られる。

「てめえも男なら、泣く前に歩け」

 主人公・松蔵の育ての親で、義賊と知られる安吉親分に、警察から珍妙な申し出がある。警察と手を組めば、便宜を図る言われた安吉は、乗り気な素振りを見せる。松蔵はそんな安吉に納得がいかず、「サツは嫌えだ」「了簡できねえ」と涙ながらに抗議。安吉に「てめえも男なら、泣く前に歩け」とドヤされる。  納得がいかない思いをすることは誰にでもある。問題は、その後の行動だ。嘆く暇があるなら、やるべき仕事に没頭する。こまごました雑用を片づけるだけでも、気持ちが軽くなるものだ。安吉親分は“男なら”と前置きしたが、男も女も関係ない。働く人すべてに通じる、処世術と言える。

「聞いてやるたァ言ったが、返事をするたァ言ってない」

 デビュー目前の花魁に一目惚れした、主人公・松蔵。友人の叔父で、役者の燕蔵に“何なりと聞いてやろうじゃねえか”と促され、初見世の祝儀を聞くが、すんなり答えてはもらえない。燕蔵は「聞いてやるたァ言ったが、返事をするたァ言ってない」と、はぐらかす。  燕蔵叔父の言い分は、なんだがズルい。だが、このズルさこそが、人間関係の潤滑油になるのである。真っ正面からぶつかり合うのは“いざという時”だけ、と決めておく。すると、不毛なもめごとに巻き込まれづらくなる。しかも、気の利いた肩すかしをお見舞いすれば、胸のすく思いもできると、いいこと尽くめだ。

「俺ァはなっから売値の決まった建売なんざ、千金積まれたって建てねえ」

 松蔵が兄貴と慕う“黄不動の栄治”。その父親は、名人と呼ばれた大工の棟梁だが、今は貧しく暮らしている。見かねた栄治が、“えり好みなんざせずに……”と進言するが、棟梁は頑として首を縦に振らない。「俺ァはなっから売値の決まった建売なんざ、千金積まれたって建てねえ」と言うのである。  譲れないポイントは、さまざまだ。栄治の父親は職人気質ゆえに、仕事内容も報酬も最初から決められている建売の仕事を嫌った。重要なのは、自分の最優先を決めること。優先順位をつけると、些末な雑音に惑わされなくなるもの。  他人を貶め、優越感に浸る行為には中毒性がある。だからこそ、やめさせるには胆力がいる。一切リアクションしないと決めるのも手だし、笑い飛ばしてもいい。“のれんに腕押し”を徹底すれば、さしもの毒舌家も黙るしかなくなるのだ。<文/島影真奈美> ―【仕事に効く時代小説】『残侠─天切り松 闇語り(二)』(浅田次郎著/集英社文庫)― <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
天切り松 闇がたり 第二巻 残侠

天衣無縫の大正ピカレスクロマン

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