3Dプリンターで作る人工骨の技術革新。欠損した骨が再生可能に

 3Dプリンターが各業界に新風を吹き込んでいる。建築業界では住宅模型の作成に活用されるようになり、自動車業界では車体のほとんどが3Dプリントで作られた電気自動車が登場するなど、その技術は多方面で活躍している。  とりわけ医療分野では、3Dプリンターが参入したことで技術開発がすさまじいスピードで進んだ。チタン製の関節は医療現場で使用が始まった。”移植できる皮膚”は臨床実験も順調で、5年後の実用化を目指している。義手・義足など需要の限られた製品もプリント技術を使えば金型を作る必要がないため、今後低コストでの実用化が見込める。  なかでも最近話題になっているのが、人工骨(じんこうこつ)の分野だ。たとえば、ベンチャー企業NEXT21(東京都文京区)が東京大学のチームと共同開発した人工骨プリンター「CT-Bone」は骨の欠損部を0.1mm単位の高い精度で再現できるという。NEXT21代表取締役社長の鈴木茂樹医学博士はその精度の意味をこう語る。

鈴木茂樹氏

「外傷、疾病などその原因を問わず、顔面部を損傷した患者は以前とまったく同じ顔に戻ることを治療に望むものです。これまでは自家骨(じかこつ)移植といって、腰や足の骨を欠損した部分に移植していました。しかし違う場所の骨ですから、骨量に限界があり、形状の違いがある。綿密にシミュレーションした上で、手術中に医師が手作業で削り、つなぎ合わせなければならない。手術時間も長くなりがちですが、長時間の手術は合併症を引き起こす原因となる。肺炎等の術後合併症がおこる事も考えられます」  CTスキャナーの精度が向上し、インターネットで膨大なデータを容易に転送できるようにもなった。さらに3Dプリンターによるデジタル成形技術の精度があがったことで「CT-Bone」に実用化のメドが立ったのだ。しかもこの人工骨は手術前に用意できる。これまで6~8時間かかっていた手術は2時間で済むようになり、施術中の患者の負担を大きく軽減できる。  しかし欠損している箇所はそのままデータを取ることができない。骨がそこにないために形状が読み取れないのだ。そこでいま現存している部分のデータを利用する。 「骨の形は基本的に左右対称です。CTスキャンを撮る際、損傷した方の反対側のデータを使います。それを転写して欠損部の形を引き算することで欠けた部分にぴったりフィットするデータを入手できます」  頭頂部の欠損などで参考にできるデータを取れる場所が本人に無い場合には、親から骨のデータを借りることで、欠損前の形状に近づけることができる。データを入手したら3Dプリンターに取り込み人工骨を形成していく。 「インクジェットプリンターの要領で、0.1mm単位で原料の粉の上に粉を固める補助剤を吹き付けて一層のシートを作ります。これを積み重ねていくことで患者の骨の欠損部にフィットする立体的な形を再現していきます」  人の姿かたちは千差万別で骨の形も違う。微妙な変化でも顔の印象は変わってしまうものだ。そのため、損傷した顔の復元にはプリンターの0.1mm単位の高い再現率が必須なのだ。  さて、ここまで紹介した技術革新は医師の負担を軽減するなどの効果は見込むことができる。こぼれ落ちる命を救うこともあるだろう。だが、技術として見たとき、それだけでは“イノベーション”たりえない。実はCT-Boneが業界に与えた最大の衝撃は「人間の骨のように、元の骨にくっつき同化して骨代謝に取り込まれる」ことだった。 「CT-Boneは移植後に骨代謝(こつたいしゃ)をします。骨代謝とは古い骨が新しい骨に生まれ変わる新陳代謝のこと。人は18か月のサイクルで全身の骨が入れ替わります。これまでの人工骨は焼成して作られた、瀬戸物のようなものでした。そうした人工骨を移植した患者は最終的に皮膚から異物として皮膚から露出してしまう。CT-Boneの素材は代謝循環に乗せられるので自分の骨になるのです。」  骨の元になる原料を固めたブロックを焼却して工作機械で削り出す方法で作られていた。それが、原料を積層しながら形成するプリンター技術なら焼かずに人工骨を作ることが可能になったのだ。プリント技術によってもたらされた利点は他にもある。 「3Dプリンターは内部構造を再現できるため、骨髄が通る中空も再現することができます。人工骨に骨髄が流れることで自分の骨として定着。移植して半年後には骨代謝で自分の骨に変わっています。ちなみに人工骨の原料は2001年に独自に開発をしたリン酸カルシウムを再結晶化させたもの(Ca欠損ハイドロオキシアパタイト)です」  このCa欠損ハイドロオキシアパタイトは人間の骨と同じ成分なので移植して患者自身の骨に一体化しやすい。 「患者から採取した骨の外側を削って作る自家骨は、骨の芯にある中空を再現できませんでした。骨代謝をうながす骨髄が通る穴がないと移植場所にある元の骨と一体化しづらく、移植後に体内に吸収されてしまうこともあります。ガンで顎の骨を失い自家骨移植をしたある患者は、移植するたびに骨が体内に吸収されてなくなっていました。15回の自家骨移植手術を繰り返した結果、体内にはもう移植できる骨が吸収されてなくなっていたのです。この人工骨を移植して、ようやく自分の骨と馴染んで定着しました」 <CT-Bone移植後の骨の様子> ⇒【画像】はコチラ https://hbol.jp/?attachment_id=27598 1)人工骨移植後 2)8か月後 3)12カ月後、患者の新しい骨と一体化している 「CT-Bone」は今後、海外へのビジネス展開も計画している。海外から受注したデータをクラウドコンピューティングで本社に転送して製造する。実用化後は日本で販売を開始し・アジア各国に輸出していく。ヨーロッパとアメリカでは現地ライセンス生産する予定だ。CT-Boneは昨年3月28日に薬事申請を出した。承認は今年4月頃の見込み。顔の復元を希望する多くの患者が心待ちにしているという。 <文/石水典子
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