殺人に至る最悪の同調圧力を描く映画『キル・チーム』が、決して他人事ではない理由

同調圧力の恐ろしさ

©2019 Nostromo Pictures SL/ The Kill Team AIE / Nublar Productions LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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 1月22日より映画『キル・チーム』が公開されている。  本作は、2010年のアフガニスタンでアメリカ兵が一般市民を殺害していたという実話をベースとしている。2度のアカデミー賞ノミネートの実績を誇る俊英ダン・クラウスが自ら手がけたドキュメンタリーの劇映画化作品でもあり、俳優陣に軍隊でトレーニングを受けさせ撮影に入るなどして徹底したリアリズムを作り出している。  全米配給権を獲得したのは、『ムーンライト』(2016)や『ミッドサマー』(2019)などエッジの効いた傑作を続々と世に送り出しているスタジオの「A24」だった。  一見して、戦争という理由を盾に無実の者を一方的に殺害するという、「理解できない残虐な行為」を描いているようにも思われるかもしれないが、実際は日本で普通に暮らしている人にとっても決して他人事ではない、「同調圧力の恐ろしさ」を描いた作品でもあった。具体的な作品の特徴を以下に記していこう。

普遍的な「内部告発」の物語

 若き兵士のアンドリューは、アフガニスタンで上官が地雷を踏み爆死する様を目の当たりにする。代わりに上官として赴任してきたのは、歴戦の猛者として名高いディークス軍曹だった。アンドリューは初めこそディークスを尊敬すべき軍人と崇めていたが、やがてチームが治安を守るためと称して、証拠もなく民間人を殺害し続けていた事実を知ってしまう。
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 いわば、これは「内部告発」の物語だ。青年が自分が属する組織の倫理的に許されない悪虐的な行為を知り、良心の呵責と、制裁との板挟みに悩みながらもこの事実を公表しようとする。その過程で、ドキュメンタリーおよび劇映画化もされたエドワード・スノーデンの事件を思い出す方も多いだろう。  主人公の若き兵士は人一倍の愛国心と正義感を持ち、任務に赴いている。出発前からスケートボードを銃に見立てて無邪気に訓練(というよりも遊び)をしていて、仲間が命を落とせば激しく憤り、敵を「鬼畜ども」と呼ぶなど行き過ぎた加虐性を見せたりはするものの、その後では捕虜を拷問できなかったために「お前はいいやつだ」と褒め(なじら)れたりもする。  その極めてまともな主人公に相対するように、周りのチームの「おかしな」ところが徐々に露わになっていく。少年を殺した表向きの理由が嘘だとわかる証拠が見つかったり、あまつさえ射撃練習中にチームがふざけて主人公を「的」にしようとしたりもする。
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 そして、劇中では主人公の他にも、この証拠もなく民間人を殺害し続けていた事実を内部告発しようとした者がいたこと、おそらくはそれが揉み消されてしまった(のであろう)ことも示される。現実で内部告発をしようと悩む人の心境や状況も同じようなものだろう。いつの間にか「外堀」を埋められてしまっていて、「告発するとこうなるぞ」という脅迫めいたことも示され、結局は同調圧力に屈するしか道は無くなってしまう様は、もはやホラー映画のようだった。
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価値観を持続させる「善」の恐ろしさ
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