空き巣に入った家で虐待される少女と出会った男は…児童虐待をリアルに描く『ひとくず』

空き巣に入った先で虐待される少女を発見

©YUDAI UENISHI

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 空き巣に入った家にはかつての自分がいた――。  電気もガスも止められたゴミだらけの部屋の中に外から南京錠を掛けられて閉じ込められている少女・鞠(小南希良梨)。母親の凛(古川藍)は恋人の加藤博(税所篤彦)と出掛けたまま帰ってこない。空腹に耐えかねた鞠は冷蔵庫にあった空っぽのマーガリンの容器を食べようとして唇を切ってしまう。  そこへ窃盗の常習犯金田(上西雄大)がガラス窓を破って侵入してくる。手に根性焼きのある鞠の姿を目にし、かつて母親の恋人から虐待を受けていた記憶がフラッシュバックする金田。その後、鞠を助けようとして加藤を殺してしまった金田は死体を土の中に埋め事件を隠蔽する。そして、同じく酷い親に育てられたという凛と鞠の3人で家庭を築こうとするが……。  映画『ひとくず』では、上西雄大監督自身が、主人公の金田を演じている。映画製作のきっかけは、児童相談所に勤務する医師から虐待の実態を聞き、ショックを受けたこと。「自分にできることは何か」と考え、その日の深夜2時からわずか10時間で一気に脚本を書きあげた。  時折ニュースから流れてくる耳を覆いたくなるような虐待のニュース。「本当にそんな酷いことをする親がいるのか」と疑わしい気持ちになるが、この映画を見るとなぜそういう親が生まれてしまうのかがリアルに理解できる。  コロナ禍にあって経済的に困窮する人々が着実に増えている。そして貧困のしわ寄せが最初に来てしまうのは力を持たない子どもたちだ。この映画に登場する鞠やかつての金田のような子どもたちが、現在進行形で増え続けているのではないか。そのようなことにまで思いを馳せざるを得ない程、見る者に訴えかける切実な何かのある秀作だ。

虐待の現実をリアルに描く

 児童相談所も学校の教師も警察も存在する。にもかかわらず、なぜ児童虐待がなくならないのか?その理由は「民事不介入」、つまり家庭内の事情に外部の人間が立ち入れないという原則があるからだということがこの映画を見るとよくわかる。  学校に来ない鞠を心配して自宅を訪れた担任教師の満矢(水村美咲)は、鞠の母親の凜と鞠の恋人・加藤と対峙する。しかし、止められた電気とガスを支払った満矢は二人に「余計なことをするな、人の家庭に口出しするな」と追い返されてしまう。家を出ようと鞠に呼び掛ける満矢。しかし、鞠は首を横に振る。  もう一つ、満矢が児童相談所の職員と共に自宅を訪れるシーンがあるが、児童相談所の職員が加藤の虐待について尋ねても凜は否定し、そして鞠もその事実を口にしようとはしない。鞠は母親を裏切り、捨てることができないのだ。  これらのシーンについて、上西監督は「子どもの虐待をなくそうとしている方々の行動が子どもたちに直接届いていないという実態がある」と表現しているが、その通りと言わざるを得ないであろう。
©YUDAI UENISHI

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 また、金田が通うクラブのホステス、智子(西川莉子)が鞠を銭湯に入れ、胸にアイロンをあてられた傷跡を発見するシーンがある。その傷は、母親の凜の恋人・加藤が作ったものだったが、鞠は智子に誰に付けられたものかを問われても何も答えない。加藤を告発すれば、また更に虐待を受けることがわかっているからだ。  筆者も以前、本サイトで児童虐待にあった児童たちをサポートするNPO法人を取材したことがあるが、子どもは親と離れたくないばかりに虐待を隠すことはもちろん、本人は虐待を受けていたことすら自覚がなく、自分がバカだから、自分の出来が悪いから叩かれたと思い込んでいるケースもあると聞いた。  この映画はなぜそのような状態に子どもたちが陥ってしまうのかを克明に描いている。受け取れる情報量も少なく、大人の暴力に対しては抗拒不能。目の前にある世界がすべてであり、母親から離れたら自分が生きていけないと思い込んでいる子どもたち。外の世界に対してSOSを発することなどほぼ不可能なのだ。
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親の代から続く負の連鎖
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