自己評価の低い現代人の淋しさ。デリヘルが舞台の話題作『タイトル、拒絶』監督インタビュー

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 それぞれ事情を抱えながらも力強く生きるセックスワーカーの女性たちを描いた山田佳奈監督『タイトル、拒絶』が全国で公開中です。  舞台は雑居ビルにあるデリバリーヘルス「クレイジーバニー」の控室。就職活動が上手くいかず、デリヘル嬢になるつもりで体験入店に来たカノウ(伊藤沙莉)は、いざという場面で客から逃げ出してしまったことからデリヘル嬢たちの世話係となる。  一方、一番人気のマヒル(恒松祐里)、我の強いアツコ(佐津川愛美)、スタッフの良太(田中俊介)に思いを寄せるキョウコ(森田想)はそんなカノウに勝手な注文を付けてばかり。若いデリヘル嬢たちを一歩引いた目で見るベテランデリヘル嬢のシホ(片岡礼子)やデリヘル嬢たちを厳しく管理する山下(般若)なども混じって、それぞれが思いをぶつけ合う中、若いモデル体型の女性が入店する。そして、その日を機に、店の中の人間関係やそれぞれの人生に異変が起き始める――。  今回は劇団□字ックの主宰者であり、本作が長編デビュー作となる山田佳奈監督に、書籍の執筆や映画と演劇、小説の表現の違いや創作のスタイルなどについてお話を聞きました。

誰の心にもある心象風景

――登場人物全員の自己評価が低い中で、そのことを認めて最後に吐き出すというラストに揺さぶられました。やはり、「自分はダメ」ということを表に出せない程に現代社会は息苦しいと感じていますか。 山田:大人になっても自己評価が低く、承認欲求が高い人が多くいると感じますね。相手の話を聞かずに自分の話だけを乱射のように話しまくる人も過剰に権力の誇示をする人も見かけますが、やはり淋しいのだと思います。子供の頃に失ったものや欠けてしまったものが過度になっていて、物事があらぬ方向に行ってしまう。この作品に描かれている登場人物それぞれの心象風景には、今の世の中の人たちが抱えているものがたくさんあると思っています。
山田佳奈監督

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 そういう意味では母親の恋人から虐待を受けたことがきっかけで金銭に執着しているマヒルは逆に強いと思います。ああいう状態が辛いから自死を選ぶ人もいますし、違法な薬を選ぶ人もいます。でも、彼女はこの世から去るわけでもなく薬に手を出すわけでもなく、そして誰にも弱音を吐くことなく、ひっそりと生きています。そういう人は少なくないと思うんですね。  マヒルのような人を「かわいそう」と思う人もいるのかもしれません。でも、出会える人が少ない世界に生きている人においては当たり前のことだと思うし、彼女には他人を傷付ける方向へ行って欲しくないと思っています。そして、それが間違えた方向に行ってしまった人が、SNSで他人を誹謗中傷している人なのかもしれません。それは悲しいことですね。 ――『タイトル、拒絶』というタイトルに込めた思いについてお聞かせください。 山田:ラベリングされてしまうことを拒絶したかったんです。人間はひとりひとり、名前があって、個性がある。それを一括りにして「あなたはこう」と決めて欲しくなかったんですね。
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 また、これは笑い話かもしれませんが、演劇の公演では次回の出演作が当日パンフレットに掲載されるのですが、「~公演 タイトル未定」と書いてあることも多かったんです。その時に「決まっていないなら載せなければいいのに=タイトルを拒絶すればいいのに」と思ったんです。ちょうど脚本に取り掛かる頃だったので「ラベリングへの拒否」という内容とマッチすると感じて採用しました。 ――カノウは映画の冒頭では「私の人生に意味なんて、あるんでしょうか?」と言い、自分で自分の生き方を決められないかのようですが、映画の最後には「カノウのスタイルがある」と感じました。 山田:彼女は自分のことを『カチカチ山』のタヌキだと言っています。そして、店のNo.1のマヒルはウサギだと。彼女は他者が羨ましいし、「自分なんて」という気持ちが常にある。  それでも人間なので、恋愛をしたり、家族を思いやったりと様々な感情を動かしていくんですね。彼女はあの狭い控室の中で、俯瞰の目をもって様々な女性の人生を見ていますが、同時に彼女自身の価値観やアイデンティティも動いています。
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 ラストのシーンは、自分が見てきたものへの虚しさや信じてきたものが裏切られてしまったという気持ちが破裂したのかもしれません。でも、そのことを感じて素直に出せるのがカノウなんです。それがカノウのスタイル、敢えて言えば「タヌキスタイル」なんですね。

真面目な不良だった

――今から10年前、レコード会社の音楽プロモーターを辞めて、劇団を旗揚げしています。 山田:中学1年生の頃から脚本を書いていて、中学、高校と演劇をやっていました。高校3年生の時には、バンドをやっていたのですが、仲良くなった大人が様々なたまり場に連れて行ってくれました。
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 そこには、映画監督の園子温さん、漫画家の清野とおるさんなどもいらしていたのですが、そこで、大人と出会うことが自分の世界を広げてくれたような気がしたんです。今でも、岡崎京子、松本大洋、インディーズレーベルのナゴムレコードの音楽が好きなのですが、そういうものを全部教えてくれたのがその場所でした。  当時は実家の相模原にいたので、金曜日に高円寺に行って、金曜日、土曜日に泊まって日曜日に帰る生活をしていました。真面目な不良だったんです。その場にいることがただ楽しかったという感じですね。 ――いつかは演劇を職業にしようと思っていたのでしょうか。 山田:それは考えていなかったですね。大学の附属高校に通っていたので、先生は芸術学部の演劇学科の推薦を出してくれると言ったのですが、演劇を勉強したくなかったんです。一から発声練習をやりたくなかったし、そのことで演劇を嫌いになりたくなかったんですね。また、他の道へ進むにしても大学受験のために1年間たまり場へ行かないという生活もしたくなかった。それで、勉強はせずに好きな音楽で就職しようと、専門学校の就職コースに行って、レコード会社に就職しました。  
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 ところが、20代前半にやっていたレコード会社の仕事は時間的にも精神的にもハードでタフな仕事でした。そこで、自分で趣味を見つけた方がいいと思って、仲間内で演劇を始めたんです。その当時は自主映画の手伝いもしていましたが、そのうちに自分の作品を作りたいという気持ちが強くなりました。でも、それだと他者のためではなく自身のために多くの時間を割くことになってしまいますよね。それは無責任だと思って会社を辞めて劇団を旗揚げしました。  演劇や音楽は自分自身を発散できる場でした。自分が今、演出家、映画監督、小説家をできているのは、音楽や映画といった芸術に救われてきた10代を過ごしたからだと思うんです。それに生かされていましたね。
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