いまだ蔓延る「新型コロナウイルス人工説」。世界の医師・研究者の見解は?

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画像はイメージ(adobe stock)

 現在、新型コロナウイルスの起源を研究しているほとんどの科学者は、新型コロナウイルスを引き起こすウイルス(SARS-CoV-2)は自然に進化し、野生動物や家畜との接触で、人間に感染したと考えています。  ところがインターネットでは「ウイルスが中国の武漢の研究室で作られた」「実験室で、コウモリ由来の組織を培養して増やし、故意または偶然に研究者が感染し、コミュニティに広がった」という話題が溢れています。

ウイルスは人工的に作れる?

 2020年9月、中国のウイルス学者リーメン・ヤン博士らは、「武漢のウイルス学研究所がウイルスを遺伝子操作した可能性がある、新型コロナウイルスが実験室で作られたことが遺伝的証拠によって示された」という考えを、査読なしで、誰でも研究を投稿できるオープンアクセスオープンサイト「Zenodo」で発表しました。(※1)  この投稿に対して、コロンビア大学のウイルス学者アンジェラ・ラスムーセン博士は、「ナショナルジオグラフィック」誌に、「多くの専門用語を使っているので正しく見えます。ただし実際には、ヤン博士らが言っていることの多くは意味がありません」と批判します。  アイオワ大学微生物学免疫学および小児感染症の教授スタンレー・パールマン博士は、「研究室で新型コロナウイルスをゼロから作成することは事実上不可能」「コロナウイルスや、その他のウイルスの感染を意図的に広げるために作るほど、ウイルスについて十分わかっていません」と述べます。  そして、ナショナルジオグラフィック誌に、専門家らは以下のような問題を指摘します。  まず、ヤン博士らは、「フューリン(Furin)切断部位という、ウイルスが人間の細胞に感染できるようにする部位は、他のコロナウイルスには見られないため、(人工的に)設計する必要がある」と主張しています。ところが、同様の切断部位は、野生のコウモリコロナウイルスに見られます。  また、米カリフォルニア州スクリプス研究所免疫学微生物学科教授クリスチャン・アンデルセン博士は、フューリン切断部位は、「組織培養で減少してしまう」「それでもおそらく人々に感染する可能性がありますが、効率ははるかに低いと思います」と指摘します。 (※1)Unusual Features of the SARS-CoV-2 Genome Suggesting Sophisticated Laboratory Modification Rather Than Natural Evolution and Delineation of Its Probable Synthetic Route (※2)Why misinformation about COVID-19’s origins keeps going viral

新型コロナウイルスの配列は最適ではない

 さて、新型コロナウイルスの表面は、突起(スパイクタンパク質)で覆われて、王冠(コロナ)のようになっています。現在、スパイクタンパク質を抗体の標的とし、ワクチンの開発が進んでいます。  ラスムーセン博士は、「コンピュータによるモデリングでは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(ウイルス側の結合する部位)は最適ではない」と示唆しています。最適な受容体結合ドメインの配列を設計している人は、「新型コロナウイルスの配列をおそらく『設計』しないでしょう」といいます。  また、ヤン博士らは、新型コロナウイルスは、中国軍事研究所の科学者によって発見された、ZC45およびZXC21と呼ばれる2系統のコウモリコロナウイルスに「疑わしく似ていて」、これらを、新型コロナウイルスを増やためのテンプレートとして使った可能性があると主張しています。  ところが、これら2系統のウイルスは3,500ヌクレオチド塩基対(ゲノムを構成するDNAは二重らせん構造で、2本のヌクレオチド鎖からできており、ヌクレオチド鎖の塩基の配列で遺伝情報を保持)ほど異なります。ラスムーセン博士などのウイルス学者によると、ゲノムの10%以上を置き換える必要のあるウイルスを設計することは、不可能ではないにしても非効率的です。  また、コウモリコロナウイルスが中国軍事研究所で見つかったという事実も「単に環境による」とグラスゴー大学のウイルスゲノミクス研究者デビッド・ロバートソン博士は言います。コウモリのコロナウイルスは野生のコウモリを循環するので、誰でも発見できた可能性があります。  ロバートソン博士の「ネイチャー・マイクロバイオロジー」の報告によると、新型コロナウイルスに最も近い既知の祖先である「RaTG13」と呼ばれるウイルスは、何十年にもわたってコウモリの群を循環してきました。ウイルス学者らは、「RaTG13」は新型コロナウイルスと、遺伝子配列が96%同一であると考えています。(※3)  さらに、ヤン博士らの報告は、トランプ政権の元首席戦略官で、詐欺で逮捕されたスティーブ・バノンが設立した非営利団体によって資金提供されました。一部の政治家は、パンデミックについて中国を非難するために、これらの理論を利用しています。こうした背景も、多くのウイルス学者が、この報告の信憑性に疑問を投げかける理由の一つです。 (※3)Evolutionary origins of the SARS-CoV-2 sarbecovirus lineage responsible for the COVID-19 pandemic
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研究所からウイルスが流出? 石博士の反論
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