誤認を誘う加藤勝信官房長官の答弁手法。その「傾向と対策」

加藤勝信新官房長官の会見

加藤勝信新官房長官の会見。政府インターネットTVより

加藤勝信新官房長官の答弁を追ってきた者が抱く「警戒心」

 加藤勝信氏が菅義偉政権の官房長官に就任した。加藤官房長官の記者会見対応は、菅義偉官房長官時代とは様相が異なっている。「ご指摘は当たらない」「まったく問題ない」といった菅元官房長官の対応に比べ、加藤官房長官は一見したところ丁寧な対応に努めているように見える。しかし、記者会見に臨む記者の方々には、いいように丸め込まれないでほしい。  筆者は2018年の働き方改革関連法案の国会審議における加藤勝信厚生労働大臣(当時)の答弁ぶりを追い、国会パブリックビューイングや著書『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)でその内容を分析してきた。その経験を踏まえ、さらに官房長官としての対応ぶりも検証しながら、「傾向と対策」をここに整理しておきたい。

1.柔らかな語り口と、相手の意に寄り添って見せる姿勢

 加藤氏の語り口は柔らかだ。菅義偉氏のようにコミュニケーションを拒絶する姿勢は示さないし、麻生太郎氏のように「そんなことも知らないの?」とマウントを取りに行くわけでもない。安倍晋三氏のように「早く質問しろよ」といったヤジを飛ばすわけでもない。そのため、一見したところ、丁寧な対応を行う誠実な人柄に見える。しかし、実際に記者が知りたいことに答える姿勢を見せているか、記者の、そして国民の「知る権利」に誠実に答えようとしているか、そこを見極めていただきたい。  官房長官としての最初の9月17日午前の記者会見で加藤氏は「官僚のご出身で、答弁などが役人気質だという評もあります」と朝日新聞の記者が指摘した際、「んふふ」と声を出しながら、柔らかな笑みを見せた(参照:首相官邸 6分41秒より)。その瞬間、一斉にカメラのフラッシュが焚かれている。菅義偉氏であれば、不愉快な表情を見せてもおかしくない場面だが、表情を見られていることが加藤氏には意識されており、感情がコントロールされていることがうかがわれる。  記者の質問の意図は、論点をずらして答えないとの指摘をどう受け止めるか、というものだっただろう。その意を汲む形で、加藤氏は、双方向のコミュニケーションを大切にするかのような答弁を次のように行っている。 「私自身は先ほど申し上げたように、一番大事なことは、国民の目線に立った行政、政治が行われているのかということと、また、この場を使って、政府が、私どもが、何をどう考えているのかということをしっかりコミュニケートしていく、このことが非常に大事だというふうに思っていますので、そういったことにも意を尽くしていきたいと思いますし、また、昨日申し上げましたけど、この会見の場は、私だけが一方的にしゃべる、ま、場合もありますけれど、基本的にはやり取りでありますから、そういった意味では、今日のみなさんと一緒になってですね、この会見というものを、先ほど申し上げた、国民のみなさんへ、政府の考え方等、まあ、理解というのはいろんな形がある、批判もあると思いますが、そういった形で、機能できるものにしたいと思います」  この答弁を見ると、菅義偉氏とは官房長官として記者会見に臨む姿勢が全く違うように見える。「基本的にはやり取りでありますから」というところでは、両手を交互に動かして「やりとり」と示しており、双方向のコミュニケーションを大切にしたいという気持ちをジェスチャーも交えながら示している。  しかし文字に起こしてその内容を子細に検討すると、実際に語っていることは「この場を使って、政府が、私どもが、何をどう考えているのかということをしっかりコミュニケートしていく、このことが非常に大事だというふうに思っています」であり、これは実は記者会見の場を「政府の立場や見解を正確に発信する貴重な機会」と捉えてきた菅義偉氏の見解(参照:首相官邸。9月14日午前、最後の記者会見、2分37秒より)となんら変わるものではない。  期待をもって聞けば、「私だけが一方的にしゃべる」場ではなく、「基本的にはやり取り」の場であるので、「皆さんと一緒になって」「しっかりとコミュニケートしていく」と聞こえる。そのように聞き取られることが意図されていると考えた方がいい。人は聞きたいように聞き、読みたいように読んでしまうものであり、その特性が利用されているわけだ。「働き方改革」とか「一億総活躍社会」とか「女性活躍推進」とか、期待を抱かせるキャッチフレーズを安倍政権が好んで使ってきたのも、人間のそのような特性を織り込んでのことだった。  実際には、「答弁などが役人気質」であると記者が指摘した際に問いたかったであろう「聞かれたことに適切に答えない」という問題は、加藤氏のこの答弁では巧妙にスルーされている。  この朝日新聞の記者は、「こうした評については気にされますか。また、そうした評は当たらないと思われますか」と、比較的自由な回答ができる形式で尋ねている。自由に答えさせてその答えを詳しく分析してみせるならよいが、そうでなく答弁を要約して示すなら「この会見の場は基本的にはやり取りの場であるので、しっかりとコミュニケートしていきたい」といった形でまとめられてしまいかねない。  筆者であればここは、 「官房長官は官僚のご出身で、答弁の際に論点をずらして答えるのが得意だという評もあります。今後、この記者会見の場では、われわれ記者の質問に対し、論点をずらさず、的確かつ誠実に答えていただけますか。これは国民の知る権利にとっても大事な問題です」 のように聞いていただきたかった。  誠実な官房長官であれば、「そのように努めたいと思っています」などと答えるだろう。加藤氏なら、どう答えるだろうか。記者会見の機会は毎日あるので、ぜひ聞いてみていただきたい。
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極端な仮定を置いて否定してみせる手法
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