事件の再発を防ぐために必要なことは? 名古屋闇サイト殺人事件の深層を映画化した『おかえり ただいま』齊藤潤一監督に聞く

(C)東海テレビ放送

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 13年前に実際に起きた名古屋闇サイト殺人事件をフィクションとドキュメンタリーを交えて描いた映画『おかえり ただいま』が、ポレポレ東中野で公開されています。  名古屋闇サイト殺人事件とは、2007年8月24日深夜、帰宅途中の女性が拉致、殺害され、山中に遺棄された事件です。犯人は、携帯電話のサイト“闇の職業安定所”で知り合った男たちで、被害者の女性とは面識がありませんでした。  被害者の母親は加害者全員の死刑を望みましたが、一審判決は二人が死刑、自首した一人は「無期懲役が妥当」というものでした。母親は街頭に立ち、極刑を求めて約33万筆の署名を集めましたが、一審で死刑判決を下された二人の被告人の一人には死刑が確定、自首した一人の被告人には無期懲役が確定。そして、一審判決で死刑を受けた被告人の一人は、「殺人事件の被害者が1名であれば無期懲役以下」とされる永山基準が適用され、控訴審で無期懲役に減刑。そのまま最高裁で確定しましたが、その後、別事件の強盗殺人が発覚し、死刑となりました。  本作の監督・脚本は、テレビ番組『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08)、オウム真理教麻原彰晃元死刑囚の弁護団を描いた映画『死刑弁護人』(11)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)など東海テレビドキュメンタリーシリーズにおいて日本の司法のあり方を問い続ける齊藤潤一さん。今回は齊藤監督に本作制作の経緯、そして刑事事件における報道の役割などについてお話を聞きました。

生前の「家族の物語」を再現

――『おかえり ただいま』は、2009年に放送された犯罪被害者遺族を追った『罪と罰~娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父』の撮影時に描けなかった、被害者である磯谷利恵さんと母親の富美子さんの「家族の物語」を描きたいと思ったことがきっかけで制作を開始したとのことでしたね。 齊藤:事件取材は、事件発生後からしか取材はできません。非常に残虐な形で犯人たちに手を掛けられ、この世を去らなくてはならなかった利恵さんのことも、亡くなられた後にお母さまの富美子さんから聞くしかなかったんですね。
齊藤潤一

齊藤潤一監督

 『罪と罰』は犯罪被害者の方々3人の姿を描きましたが、すべてを描き切れなかったという思いが強かったんです。テレビ番組は時間が限られていることもあり、利恵さんの事件については犯人を死刑にして欲しいと署名活動をしていた富美子さんの姿を中心に取り上げました。しかし、それだけでは富美子さんの無念や事件の残忍さは伝わらないと感じたんですね。母と娘の生前の物語や事件発生までの過程についてはいつか描きたいと思っていました。 ――この作品はドラマの部分もありますね。 齊藤:先程申し上げた通り、過去の事件は取材ができないので描くのが難しいんです。写真やイメージ映像ではどうしても限界がある。そこで、思い切ってドラマを作ることにしました。  キャスティングについては、ちょうどその頃、是枝裕和監督の『3度目の殺人』(17)を見ていて、斉藤由貴さんの被害者の遺族役の演技が印象に残っていました。また、斉藤さんご自身もお嬢さんがいらっしゃるので富美子さんの気持ちがわかると思ったんです。そこで、母親役は斉藤さんにお願いしました。自分はドキュメンタリーのディレクターなので、斉藤さんにはほとんど演技指導せず、台本の意図などを説明しただけでしたが、思い通りの演技をして頂きました。
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 利恵さん役の佐津川愛美さんは、知的で活発なイメージが囲碁が好きだった利恵さんと重なると思ってオファーしました。  利恵さんの叔母さんの役については、同じく東海テレビのドキュメンタリーシリーズ『約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~』(12)に出演していた樹木希林さんに紹介してもらいました。食事の席で企画を話したところ、役にぴったりだということで、その場で浅田美代子さんに電話をして下さり、そこで決まりました。

加害者を描いた理由

――『おかえり ただいま』は被害者側の物語を描きつつ、加害者の事情にも触れていますが、このような構成を取ったのはなぜなのでしょうか。 齊藤:この事件だけではなく様々な事件の取材をして感じていたのは、加害者は経済的にも家庭的にも社会的弱者が多いということでした。そして、その事実を多くの人たちに知ってもらいたいと思っていたんですね。それから自分の反省もありました。一つの事件の取材が終わるとすぐ他の事件の取材をしなくてはならない。それだと加害者側の背景、生い立ちにどのような事情があったのか、なぜ犯罪に手を染めたのかということが掘り下げられないんです。ドキュメンタリーであればそういう部分はしっかり描けるんですね。
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 普段のニュースの報道は、加害者の凶悪性と被害者が気の毒であるという部分をクローズアップしがちですが、二度とこういう事件が起こらないために、何があったのか、そしてこれから何をすればいいのかを突き詰めることが大切だと感じていますね。 ――加害者側の事情も描いたことに対する番組の視聴者の反応はどのようなものだったのでしょうか。 齊藤:いくつか批判が寄せられましたが、「反対の視点から事件を見たことはなかったので勉強になりました」という声もありました。こうした報道は司法システムの中にあるものではありませんが、犯罪の抑止になるのではと感じています。
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司法シリーズの生まれた背景
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