検査法の原理を知ればあり得ない「検査をすると患者が増える」エセ医療・エセ科学デマゴギー(後編)

PCR法の原理、化学的「はめ絵」

 ここで簡単にPCR法の原理を解説します。PCRは、Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)のアクロニム(頭字語)であり、DNAサンプルの特定領域を数百万倍から数十億倍に増殖する手法です。これによって僅かな量の遺伝子サンプルを短時間で化学分析できるまでに増やす事ができます。  PCR法は、1983年にKary Mullisらによって発明され、Kary Mullisは、1993年にノーベル賞を受賞しています。このPCR法は、分子生物学に量子ジャンプと呼んで良いほどの飛躍的発展をもたらした偉大な発明です。  しばしばPCR法の発明者Kary Mullisが「PCRは検査に使えないと言った」という言説を見かける様になりましたが、これは英語圏発の有名なデマゴギー=嘘です*。 〈*Fact check: Inventor of method used to test for COVID-19 didn’t say it can’t be used in virus detection 2020/07/04 Reuters/ファクトチェック:COVID-19のテストに使用された方法の発明者は、ウイルス検出に使用できないと述べていません 2020/07/04 ロイター (google自動翻訳)〉  このPCR法は二本鎖のDNAを複製、増幅する手法ですが、コロナウィルスは、一本鎖のRNAウィルスです。このままでは遺伝子増幅ができませんので、逆転写によって二本鎖のcDNA(complementary DNA)をつくり、それをPCR法によって増幅します。
RT-PCR法における逆転写

RT-PCR法における逆転写
本来はRNAの鋳型となるDNAだが、RNAウィルスの場合、RNAを鋳型としてDNAを合成し、さらのそのDNAの対を合成する事でPCR法で増幅する二本鎖のcDNAを合成する。図では更に先のPCRも含んでいる。
RT-PCR法|研究用語辞典|研究.netより

 PCR法では、検出すべき対象のDNAの特定の箇所にプライマーという短い核酸を結合させ、そのプライマーを起点にDNA複写を司るDNAポリメラーゼという酵素がDNAを複写してゆきます。  結果、DNAは倍々ゲームと言った形で増幅されてゆきます。ドラえもんのポケットの道具、「バイバイン」*と同じであると考えれば良いでしょう。 〈*食べ物などを一定時間で二倍、二倍と増殖する薬品。物語では「くりまんじゅう」に使ったが食べ残しの1個が増殖し、短時間で地球を覆い尽くす恐れがあったのでロケットで宇宙へ捨てた。筆者は、太陽に打ち込まない限り、太陽系内でブラックホールになるのではと懸念している〉  これがPCR法が確定的検査法であるという理由です。一定の増幅処理で目標とするcDNAが検出下限(閾値)よりも増えば「陽性」であり、それ未満であるなら「陰性」であり、それは0 or 1の確定的判定となります。
PCR法の説明

PCR法の説明
短時間で目的とする遺伝子配列を大量に複製し、蛍光などで検出可能とする。
鍵となるのは、プライマーの設計と、サーマルサイクルの適切な管理であるが、過去20年で特に急速に発達したと言える
大阪大学微生物研究所より

 リアルタイム・PCR法では、複製したDNAに複製過程で蛍光物質を仕込む事により、目的とするDNAが増殖している=含まれている事をリアルタイムで確認する事ができます。  プライマーの設計は、極めて重要で*、20個程度の塩基で構成されるプライマーが、目的とするDNAの特定部位に「はめ合う」ように設計する事で、対象とする生物やウィルスの遺伝子を唯一無二に増幅する事ができます。プライマーがはめ合って完全に結合しなければ、DNAポリメラーゼはDNAの複写を始めません。従って、適切なプライマーを設計すれば、PCR法の増殖特異性は100%となります**。 〈*プライマー設計の大前提となるのが対象となるウィルスなどのゲノム解析である。このため、1月には全世界がゲノム解析競争を行い、本邦は1位こそ取れなかったが、優秀な成績であった〉 〈**ACCELERATED EMERGENCY USE AUTHORIZATION (EUA) SUMMARY COVID-19 RT-PCR TEST(LABORATORY CORPORATION OF AMERICA)「臨床検体を用いた評価結果が取得された2019-nCoV 遺伝子検査方法について」厚生労働省健康局結核感染症課 国立感染症研究所 2020 年7月 8日版COVID-19 Laboratory Testing Q&As-Public Health Ontario
四種の塩基の組み合わせによるDNAの複製(はめ絵)

四種の塩基の組み合わせによるDNAの複製(はめ絵)
DNAは、A(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)という四つの塩基の組み合わせで構成される。
たとえばこの四種の塩基をつかって20個の塩基で構成されるプライマーを作れば、方向性があるためその組み合わせは4の20乗で約1.1兆通りとなる。まさに組み合わせが複雑で特異性の高い「はめ絵」であるといえる
image by MadPrime via Wikimedia Commons(Public Domain)

 更に特異性を向上させるために、PCR法では複数種類のプライマー(日本以外で豪州などは三種類)のプライマーを同時に用いる事で、安定して特異度100%を発揮しています。  加えて、増殖過程であるサーマルサイクルプロセスの適切な管理が必須です。PCR法では、SARS-CoV-2の検出のように同一ウィルスを同時に大量に検出することに極めてよく適合します。

コスパもよく量産も容易で日本製が極めて優秀なPCR法なのに……

 そもそもPCR法は、装置や試薬が量産に向いており、同時に24,48,96(基本的に12の偶数倍数)検体の処理ができ且つ、たいへんに安価(装置が数百万円から数千万円程度とCTやMRIなどの医療検査装置に比して格段に費用対効果が高い)です。加えて全自動化も容易であるため、ごく短時間での整備が可能です。実際に本邦を除く全世界は実現させています。そして、有力なPCR装置生産国は日本です。  PCR法では、運用においても事実上特異度100%と見做して良いということは世界の常識ですが、何故か日本だけはジャパンオリジナル・エセ医療・エセ科学デマゴギーが厚生労働省とその傀儡によって撒き散らされ、現場での技術進化は検査抑制のため難しく、全世界で157位という、極めて低水準なPCR検査態勢・実績となっています。  実のところ、この厚生労働省による徹底した不作為とデマゴギー流布によるサボタージュによって、本邦のPCR検査態勢は、技術的にかなり後進的です。結果として判明しているだけで82万分の1(特異度にして99.9999%)の確率でヒューマンエラーに依らない偽陽性をだしています。筆者は、本邦の実力ならばあと1桁から2桁は優秀な結果を出せるはずと歯がゆい思いをしています。  なお、PCR法について一般向けの説明は、獣医師であり、検査技師の資格も持つタツハル臨床獣医師が、筆者とは異なる切り口から優れた論考を多数公開されています*。 〈*ベイズの定理を悪用し、コロナウイルスPCR検査の有用性を否定する医師達|臨床獣医師の立場から 〉  筆者は、無機・物理化学および半導体デヴァイス工学者としての視点から、全くの専門外として論考していますが、タツハル臨床獣医師は、臨床獣医師と検査技師という直球ど真ん中から硬派の論考をしています。入り口はかわいいワンコ獣医師とニャンコ看護師ですが、中身はたいへんな硬派です。  筆者の論考と併読するといろいろ視点の違いがあって楽しめると思います。筆者は、知財の交差・交雑を避けるために読みたいのを我慢してきましたが、お盆から楽しめそうです。
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「事実」によって否定される「偽陽性が多発」論
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