女性から男性へ、そして……。『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』主演・小林空雅さんインタビュー<映画を通して「社会」を切り取る22>

「性同一性障害」と向き合った9年間

©2019 Miyuki Tokoi

©2019 Miyuki Tokoi

 自らの性への違和感と向き合ったひとりの若者の15歳から24歳までを追ったドキュメンタリー『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき~空と木の実の9年間』が、7月24日からUPLINK渋谷他全国の劇場で公開されます。  女性として生まれたものの、自分の性に違和感を持ち続けていた小林空雅(たかまさ)さん。13歳のとき、医師に心は男性/生物学的には女性である「性同一性障害」と診断されます。そして、17歳の時に出場した弁論大会では、700人もの観客を前に、男性として生きていくことを宣言。弱冠20歳で性別適合手術を受け、戸籍も男性に変えました。  78歳で性別適合手術を行い女性となった八代みゆきさん(95歳)、男と女しか存在しないことに違和感を覚え、男性でも女性でもない「Xジェンダー」として、性別の多様性を提唱する中島潤さん(26歳)。様々な人との出会いの中で空雅さんは、改めて自身の性について見つめ直します。そして映画の最後で空雅さんが下した判断とは――。  本作の短縮版として再編集されたTV番組『性別”ゼロ”~本当の自分を探して~』はNHKで放映されると、ギャラクシー賞候補となり、大きな反響を呼びました。  LGBTQやジェンダー、同性婚の問題など、性についての関心が世界中で広がっている今、この映画は、性の違和に苦しみ、それでも自分らしく生きる人々の姿を通して「性別」に限らず、誰もが生きやすい社会にするために必要なことは何かを問いかけます。  監督は、同番組を制作した元NHKディレクターの常井美幸さん。今回は、このドキュメンタリーの主人公である小林空雅さんに、映画作りの過程や現在の思いなどについてお話を聞きました。

自然体で性同一性障害に向き合う

――いつ頃から「女性」ということに対して違和感を覚え始めたのでしょうか。 小林:小学校5年生の時まで性同一障害だという自覚はありませんでした。ところが、小学校6年生になって通っていた学校が統合されて、それまではどんなかばんを使ってもよかったのに、赤いランドセルが義務付けられたんです。母親が買ってきてくれたカーキ色のカバーを付けてみましたが、側面は相変わらず赤くて。それが嫌で学校に行こうとするとお腹や頭が痛くなるようになり、学校に行けなくなってしまいました。
小林空雅さん

小林空雅さん

 担任の先生は学校に来ないかと手紙を下さっていたりもしました。そういうこともあって、毎日ではありませんが、飼育員だったのでうさぎに会いに行ったりはしていました。 ――中学校に入ってからはどうでしたか。 小林:最初の1ヶ月ぐらいは休みませんでした。部活は演劇部に入って、よさこいソーラン同好会にも入っていました。ところが、やはりセーラー服を着ることを苦痛に感じるようになって、学校に行こうとするとお腹や頭が痛くなり、学校に行くことができなくなってしまいました。体育の授業やスキー教室が男女別であることにも違和感を覚えました。  といっても、仲の良い友達がいたこともあり、連続でずっと休むということはせず、多い時は一週間通して、少なくとも週2~3回は学校に行っていました。「男女(おとこおんな)」と言われたこともありましたが、深刻ないじめではなかったです。そんな日々を送っているうちに学校に行けなくなった原因を知りたいという気持ちが強くなったんですね。  そこで、医師の診断を受けたところ、性同一性障害という診断を受けました。その時に性別違和を解消する手術があることを知って、その手術を受けようと思ったんです。 ――学校側からセーラー服を着なくて良いという許可を取ったというお話も聞きました。 小林:中学2年生の冬休みが始まる前に許可を取りました。その頃は体格も良く、知らない人に男子と思われることも多かったのですが、性同一性障害の診断が出る時だったので、今後のために話し合う場が欲しいと学校側に申し出ました。
©2019 Miyuki Tokoi

©2019 Miyuki Tokoi

 性同一性障害という言葉も知られていない時代で、先生も「よくわからないけど」と言いながら相談に乗ってくれました。校長先生や担任以外の先生とも集まって、通称名を使うことやセーラー服ではなく学ランを着て登校することなどを話し合いました。  話し合いは医師に勧められたからではなく、そうすることで自分が学校に行けるようにするために申し出ました。自分の状況を改善するために普通のことをしたという感じでしたね。
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自分をスタートラインに立たせるために
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