知られざる中国vsFacebookの「戦争」。欧州、アフリカ、米議会で繰り広げられる熾烈な『超限戦』

中国とFacebookの「戦い」は国境を超えている

中国とFacebookの「戦い」は国境を超えている
illustrated by Democracy Chronicles via flickr(Public Domain)

フェイスブックを排除すれば中国がのさばる

 巨大な市場である中国に進出できておらず、中国を明確に敵視しているのはどこかご存じだろうか? もちろんアメリカではない。米中は貿易戦争を続けながらも貿易は続けている。完全に排除しているわけではない。  答えはフェイスブックである。フェイスブックのサービスは中国には進出できていない。そして、同社の副社長に就任したイギリスの元副首相ニック・クレッグは、ロビイスト活動や広報活動で中国を敵視した発言を繰り返している。(参照:『Facebook warns that blowing up Silicon Valley firms through regulation might allow ‘sinister’ Chinese companies to dominate the internet』|2019年1月28日、BusinessinSider)   フェイスブックは、EUを始めとする規制当局からプライバシー保護やヘイトスピーチへの対処、フェイクニュースなど世論操作への対処を求められ、独占禁止法に触れている可能性を指摘されている。こうした逆風に対してニック・クレッグは、中国を引き合いに出して反論している。  フェイスブックを目の敵にするのは間違っている、と彼は言う。フェイスブックの活動を抑制すれば、技術でも利用者シェアでも中国にリードを許すことになる。ひらたく言うと、「フェイスブックを排除すれば中国がのさばる」というのがニック・クレッグの主張だ。  私も同感である。何度かご紹介したように世界のSNSはフェイスブックグループと中国系SNSの寡占状態にある。その他のサービスでも中国とフェイスブックは競合状態になる。フェイスブックが消えたり、弱まったりすれば中国系企業がその代わりに台頭するだろう。  中国に厳しい態度を取るフェイスブックの関係者はニック・クレッグだけではない。中国の政策に厳しい態度をとっていることで知られるナンシー・ペロシ(アメリカ下院議員、元下院議長)は、フェイスブックとの関係が指摘されている(夫がフェイスブックの株式を保有)。(参照:『Dozens of Facebook lobbyists tied to members of Congress, investigation shows』|2019年11月20日、The Guardian)  中国も最近のアメリカの強硬な姿勢を目の当たりにして、遅まきながらもロビイスト活動を強化し始めた。これまではアメリカの政治への介入は過度な反発を招く危険があるために控えていたようだが、ここにいたってはやむなしという判断だ。(参照:『Chinese companies spend big to fend off Trum』|2019年6月20日、POLITICO『Huawei Hires Trade Lobbyists as Sales Slow in U.S.-China Fight』|2019年8月12日、Bloomberg)   中国対フェイスブックの争いはアメリカの政治まで巻き込んだ争いに発展している。では、具体的にどのような戦いが起こっているのだろうか?

中顔戦争~世界のインフラを目指すフェイスブック

 中国とフェイスブックは戦争をしていると言うと、突飛に聞こえるかもしれないが、現代の戦争の定義に従えばおかしなことではない。ハイブリッド戦あるいは超限戦においては、非戦闘行為が戦争のほとんどを占め、あらゆるレベルと組み合わせで戦争は起こるとしている。なお、中顔戦争という言葉は私の造語であり、いまのところ仮定でしかないことはあらかじめご承知おきいただきたい。  米中貿易戦争でアメリカがファーウェイやZTEに対して行っているのは国際的な貿易秩序を破った行為だし、アメリカが当事国の許可なしに中東でドローンを飛ばしてテロリストを殺害する行為はそれ自体がテロ行為と変わらない。まさに日常に戦争を持ち込んだ超限戦である。 中国も戦争状態を前提に活動している。中国の戦略書『超限戦』によれば日常の全てが兵器となり、戦争の一部なのだ。『超限戦』には明確に国家対テロリスト、国家対企業の間でも戦争は起こると書かれている。  具体的に中国とフェイスブックがどのような戦いを繰り広げているかを見てみよう。 中顔戦争  この表をご覧いただくと、前述の「フェイスブックを排除すれば中国がのさばる」という言葉の本当の意味がよくわかる。フェイスブックはもはや単なるSNSではなく、世界に広がる情報インフラになろうとしている。世界にデジタル権威主義を輸出している中国とぶつかるのは当然の帰結であり、この両者の戦いの結果が今後の世界、特にアフリカに大きな影響を与えることは確かだろう(アフリカでなにが起きているかは『中国はなぜアフリカで力を増しつつあるのか? アフリカにおける中国の「超限戦」的支配構造』を参照)。  中国は国家と企業が一体化しているため、アメリカは中国およびファーウェイとZTEをターゲットに攻撃し、交渉相手は中国政府ということになる。そのためフェイスブックのニック・クレッグはアメリカ国内外で、「フェイスブックを排除すれば中国がのさばる。それでいいのか!?」と言い続けてアメリカ議会やヨーロッパを動かそうとしている。  一方、アメリカとフェイスブックは一体ではない。超限戦とはいえ、民主的で自由な資本主義体制であることを最低限維持する必要がアメリカにはある。これに対して中国は「公平な競争=独占禁止法によるフェイスブックの解体」や「フェイスブックがヘイトや世論操作を助長している」とアメリカ国内の世論を煽って攻撃することができる。アメリカが標榜する民主主義的価値を称揚すればフェイスブックの首を絞めることになるという皮肉な状況だ。  通常の市場での競争と異なるのは政治、外交、経済、サイバー攻撃、世論操作などあらゆる手段を用いて覇権を握ろうとしている点にある。中国はもちろんフェイスブックもすでに政治、外交、経済に影響を与える存在になっている。中国で目立つのはサイバー攻撃である。中国由来と考えられる複数のハッカー集団が一帯一路などの関係国を中心にした各国をターゲットに活動している。
次のページ 
主戦場はアフリカと、EUとアメリカ議会
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会