全国のモデルだった福岡県春日市の学童保育が危機。踏みにじられた児童、保護者の思いと支援員の雇用

春日市の学童保育

撮影/みわよしこ

放課後児童クラブの指定管理者変更。子どもたちはどうなる?

 前回報じたように、2019年9月、福岡県の春日市議会において、2020年度からの放課後児童クラブの指定管理者の変更が可決された。  この経緯には数多くの謎がある。最大の謎は、指定管理者が公募され、4事業者が応募し、選定結果が点数化され、最高点を獲得した株式会社「T」が新しい指定管理者として選定されたのだが、公募に応募した事業者は、「T」以外は公表されていないことだ。選定されなかった3事業者のうち1事業者は、現在の春日市の放課後児童クラブの指定管理者であるNPO「子ども未来ネットワーク春日」であることが判明しているが、残る2事業者は現在も不明のままだ。春日市によれば、応募した事業者を公開しない理由は、その事業者の今後の活動に支障が発生する懸念であるという。  福岡市の南側に位置する春日市は、福岡市のベッドタウンとして発展してきた11万都市である。放課後児童クラブのルーツは、1976年、共働きの保護者たちが自主的に始めた学童保育だった。現在は、市内の小学校12校すべての敷地内に放課後児童クラブがある。利用希望者は全員受け入れる方針であったため、小学校のうち4校には2つの放課後児童クラブがある。  「春日市の学童」は、「子どもにとって安全で、どの子にも居場所があり、子どもと共感できる保育」を中心としてきた。建前として掲げるだけならともかく、この理想を実現しつづけることは難しい。しかし春日市では実現され続け、保育内容の質の高さによって、全国の放課後児童クラブ関係者の注目を集めてきた。  春日市の放課後児童クラブは、あくまでも子どもたちを中心に、自由の中で自主性と主体性を育む。支援員をはじめとする大人たちが何かを強制したり、あるいは既存のプログラムをあてがったりすることはない。また保護者にとっては、利用を希望すれば全員が受け入れられるため、小学1年生になった子どもが放課後児童クラブを利用できないことによる「小1の壁」がない。このため、子どもが小学校入学を迎える前に、春日市に転居する共働き世帯もあった。  ともあれ市議会は、2020年度からの指定管理者の変更を可決した。そして、新しい指定管理者として選定された「T」の保育方針は、他自治体での実績を見る限り、強制と管理で貫かれている。「T」が本来の保育方針を貫いている地域での放課後児童クラブは、まず「全員、正座で百人一首」から始まる。

請願署名に託された保護者たちの切実な願い

 放課後児童クラブの指定管理者の変更に関する動きは、2019年5月から表面化した。春日市の保護者たちは、職業・家庭・育児を抱えた多忙な毎日の中で、署名や請願などの活動を開始し、継続してきている。市議会への請願は、9月と12月に行われている。  子どもたちが放課後や夏休み・冬休み・春休みの日中を過ごす放課後児童クラブの環境は、生涯の基盤となる子ども時代の一部として、まず子どもたち自身にとって重要だ。保護者にとっても「わが子の生活」の一部であり、保護者自身の職業生活を支える重要な基盤でもある。9月の市議会で、指定管理者の変更は決定事項となってしまったが、それでも保護者たちは諦めなかった。  12月の市議会に、保護者たちは署名とともに、2つの請願を提出した。1つは現在の放課後児童クラブの保育内容の維持を求めるものであり、もう1つは、現在の放課後児童クラブの支援員の継続雇用を求めるものであった。支援員の継続雇用を求める請願は採択されなかったが、保育内容の維持を求める請願は採択された。  採択された請願は、春日市に対して、以下の内容に関する最大限の留意と注目を求めている。 ① 新指定管理者による事業開始に向けて、子どもたちに精神的な不安を与えないよう、適切な引継ぎ(たとえば、配置予定のクラブの保育現場において現支援員と新支援員が具体的な引継ぎを実施する等)が実施されるとともに、新支援員と子どもたちとの関係構築に努めること。 ② 子どもたちに大きな違和感や不安・負担を与えないよう、現状の保育環境を踏まえた子どもたちの生活リズム、支援員の子どもとの関わり方等に充分な配慮がなされること。 ③ 各クラブ内における子どもたちの遊びや過ごし方の現状を踏まえ、子どもたちの意見が聞き入れられ意思が尊重される保育がなされること。  2020年度も放課後児童クラブを利用する可能性がある現在の小学1年生~小学5年生、そして保護者たちにとっては、いずれも切実な希望である。子どもたちにとっては、進級と新学期の始まりであり、5月の運動会に向けた練習が始まり、ゴールデンウイークを挟んだ環境の変化があるところに、放課後児童クラブの環境の変化が加わることになる。大人の役割は、指定管理者の変更という「オトナの事情」によって、子どもたちに不安を感じさせたり精神的な負荷感を与えたりすることであろうか?  保護者たちは、採択された請願の中で、「指定管理者変更に伴い、現場を熟知した主任支援員等が離職することが想定され、子どもたちは、親しみのある支援員が一度にいなくなることにショックを受ける」と予想している。さらに厚生労働省が2015年に発行した「放課後児童クラブ運営指針」から、運営主体の変更を行う場合に「育成支援の継続性」を保障すること「子どもへの影響」を最小限にすること、「保護者の理解」を得ることの必要性を引用し、「新支援員と子どもたちとの関係構築、子どもたちの保育環境や生活リズム等に、充分に配慮しながら」の引き継ぎを求めている。
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踏みにじられた「支援員の継続雇用」
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