長崎県の「強制収用」に石木ダム水没予定地住民「誰一人として離れるつもりはない」

こうばるの家

普通に生活が営まれているこうばるの家。その前には絶えず田畑が作られている

 行政代執行による土地・家屋の強制収容が可能になる11月19日を前に、石木ダム建設計画で水没予定地となっている長崎県川棚町・川原(こうばる)地区では、台風によって損傷した、ダム建設計画への疑問を呈する看板を修復する作業が行われた。

誰一人として、ダム建設のためにすみかを離れるつもりはない

 川棚川との合流地点から、その支流である石木川を遡ること約2キロ。小さな橋のたもとに、縦長の三連看板が見えてくる。 自然が残る蛍の里  命を支える緑のダム 何故造らぬ  己の水がめ人だのみ どう思う? 「あなたの故郷」消えるなら  東海から関東、東北まで広範囲に甚大な被害を及ぼした台風19号は、ここでも小さな爪痕を残していた。看板の一部が壊れ、端が垂れ下がるように外れかかっていた。  薄曇りの光が柔らかな11月3日の憲法記念日。13世帯、50人以上が暮らすこうばるの男衆が集まり、看板の補修作業に取りかかった。看板も、それを支える木組みも、全部地元住民の手作り。その修理もお手の物だ。 「この看板、全部やりかえる?それとも塗り直してまた使う?」  枠が風で折れ、半ば垂れ下がった看板を持ち上げながら、櫓の上で松本好央さんが尋ねる。こうばるで生まれ育ち、結婚して4人の子どもを育てる根っからのこうばる住民だ。  松本さんをはじめとする住民たちは誰一人として、自分たちが住み、生活するこうばるを離れるつもりはない。長崎県と佐世保市が同地区で推し進めている石木ダム建設計画の進捗状況はいよいよ切羽詰まってきたにもかかわらず、何事も起きていないかのように看板修理に精を出していた。

住民を殺してでもダムを作るのか

「ダム建設絶対反対」と書かれた看板

台風で折れ曲がった「ダム建設絶対反対」と書かれた看板。こうばるの男衆たちは慣れた手つきでそれを外していった

 長崎県収用委員会は今年5月23日、石木ダム建設予定地にまだ残る13世帯の土地・家屋について、行政代執行を可能とする採決を下した。これにより、住民は11月18日までに土地・家屋すべてを明け渡して移住せねばならず、さもなければ県が「強制収用」できることになった。  つまり「人が住んでいる家を重機で壊して、力ずくで追い出してもよい」という決定だ。公共事業のために、人の住む家ごと、しかも集落まるごと強制収用という例は前代未聞である。  橋を渡ってさらに上流方面に目をやると、「見ざる・言わざる・聞かざる」の「三猿」の看板が目に入る。40年前、地元住民で結成された「石木ダム建設絶対反対同盟」が作ったものだ。  当時、県当局は住民の切り崩しに必死だった。建設予定地の家々を一軒一軒訪問し、立ち退き補償金などで籠絡していく。それに対抗するため、県職員が訪問しても対応しないという意気込みを表したものだ。 「ダム建設絶対反対」と書かれた看板はこの日、地元住民によっていったん外された。また付け替えて、「決してこの地を離れない」という意志を示すために。  それだけ強固な意志を持った住民たちを、現実として、県はどうやって追い出すというのだろうか。殺してでもダムを作ろうとでもいうのだろうか。「ダムを作るために追い出すのなら、殺してからにしてくれ」という声を聞いたのは一度や二度ではないのだ。
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“金目”ではもう解決しない、公共事業のゴリ押し行政
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