長崎県の「強制収用」に石木ダム水没予定地住民「誰一人として離れるつもりはない」

“金目”ではもう解決しない、公共事業のゴリ押し行政

こうばるの里の入り口に立つ三連看板を補修する住民たち

こうばるの里の入り口に立つ三連看板を補修する住民たち

 行政がいわゆる“迷惑施設”を作ろうとする場合、必ずといっていいほど、その立地住民や周辺住民から反対運動が起こる。そこで行政側は現地に入り込み、住民たちの「分断」を図る。手段は決まって“カネ”だ。  2014年、福島第一原発事故に伴う汚染土などを管理する中間貯蔵施設の建設をめぐり、当時の石原伸晃環境相が「最後は金目でしょ」と発言して問題となった。石原氏は3日後に発言“撤回”に追い込まれたが(そもそも口から出た発言を“撤回”することなど、タイムマシンが発明されない限り不可能なのだが)、この考え方は「支配者の常道」である。  行政側からすれば、全員が賛成に回らなくてもよい。賛成派と反対派でコミュニティが分断され、内輪揉めをしてくれればそれでいいのだ。支配者が被支配者を意のままに扱うため、世界中で何千年も使われてきた“王道メソッド”であるDivide and rule(分割して統治せよ)である。  分断されたコミュニティは自滅する。そうやって原発や産廃処分場などのいわゆる“迷惑施設”が建てられたところは、日本中にゴマンとある。行政がコミュニティを破壊するというその行為の本質的な矛盾にこうばるの住民は気づいているから、受け入れられないのだ。  行政側も容赦ない。たとえば、公道の補修もしない。「受け取らない」と言っているのに、むりやり住民に補償金を払おうとする。住民が受け取りを拒否するにはそのお金を法務局に委託するしかないが、それを所得とみなして所得税を払えと迫る。これではヤミ金融の押し貸しと一緒だ。  だが、もうこうばるは分断されない。そんな嫌がらせを受けてもなお、こうばるの住民たちは日々の営みを淡々と、そして朗らかに続けている。もはや“金目”では解決しないのだ。

こじれた感情の起源、拭えぬ不信感

強制測量時に撮られた写真

1982年の強制測量時に撮られた写真を並べ、訪問者に当時の状況を説明する松本好央さん(左奥)。小学校2年生当時の自身が鉢巻きをつけて強制測量反対を叫ぶ写真も

 石木ダムの不要性は、治水にしても利水にしても、理屈としてはすでに多くの論者が述べているところなので、本稿では詳述しない。ここでは、住民感情がそこまで確固たるものになった要因としての行政の対応を振り返りたい。  そもそも、石木ダム建設問題の歴史は1962年、今から半世紀以上前にダム建設の予備調査が行われた時点まで遡る。1972年、当時の久保知事がこうばる地区の総代と「建設の必要が生じた時は協議の上(住民の)「同意を受けた後着手する」という覚書を交わした。  しかし、それがないがしろにされ続けてきた。県は住民の同意を得ることなく、ダム建設へのステップを次々に踏んでいったのだ。  1975年にはダムの全体計画が認可され、1977年からは県職員が現地世帯を戸別に訪れて、上述したようなコミュニティの分断工作を始めた。  1982年には、抜き打ちで現地の立ち入り調査を強行。いわゆる “強制測量”と呼ばれる事件である。140名の機動隊員と地元住民が衝突したこの事件で、こうばる住民の行政に対する強烈な不信感はピークに達した。そこから現在まで、その不信感はまったく拭われた様子はない。 「知事が交代するタイミングで事態が動くことが多いんですよ。強制測量が行われた1982年は久保知事から高田知事に代わった年。その後を継いだ金子知事から今の中村知事に代わる前には、県は国に事業認定を申請するといった感じで」  松本さんはその不信感の一例を、このように挙げてみせた。政治的タイミングとダム建設計画進捗のタイミングの重なり具合が怪しいと感じているのだ。それは現在でも変わりない。
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住民の同意なしに工事を進める長崎県の愚
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