「子供たちにヘルメットを売りたくないが……」 葛藤する香港のデモ隊と大人たち

香港の各所に設置されているレノンウォール

遅すぎた「逃亡犯条例改正案撤回」

 逃亡犯条例改正案が撤回されてから1週間あまり、なおも香港の人々が戦い続けている。 「早い時期に撤回されていたら抗議活動は収束に向かったでしょうが、今さら逃亡犯条例だけを白紙にしても遅すぎる」  こう話すのは、香港で活躍するタレントで、’03年以降、常に香港市民と抗議活動に身を投じてきたRieさんだ。 「香港市民は五大要求を政府に提示してきました。逃亡犯条例改正案の撤回のほかに、抗議活動を『暴動』とみなす見解の撤回デモ参加者の逮捕及び起訴の中止警察の過度な暴力的制圧に対する責任追及、そして林鄭月蛾(キャリー・ラム)行政長官の辞任と普通選挙の実現です。なかでも警察の行動はどんどんエスカレートしています。本来は屋内での使用が禁止されている催涙弾を屋内でも発射し、ゴム弾を至近距離で発射し、逮捕者を複雑骨折させたり、実弾の入った拳銃を市民や記者に向けたりもしている。2014年に起きた雨傘運動は普通選挙権という今までにないものを勝ち取るためのデモでしたが、今回のデモは香港の自由と生活を守るための戦いなんです。だから、若者から親世代、シルバー世代、司法界、金融界、医療業界、航空業界、教職関係者、公務員まで多くの人が傷つきながらも抗議の声をあげ続けている」

「デモ隊が暴徒化」は実態と異なる

 その戦いは危険と隣り合わせだ。デモ隊は時に立法会を占拠し、香港警察を包囲するなど、硬軟織り交ぜながら抗議活動を続けている。その一つの側面が切り取られて、日本では「デモ隊が暴徒化」などと報道されることもある。だが、実態は異なるという。 「理由もなく町中の商店を襲撃したり、一般市民に危害を加えることはまったくありません。あくまで抗議の対象は香港の行政府や香港警察ですから。日本の人から見れば過激な行動と思えるかもしれませんが、立法会を破壊し、占拠したり、警察に対してレンガや火炎瓶を投げるのは抗議活動の一環なんです。8月25日には一部のデモ隊がレストランや雀荘を破壊したと報じられましたが、これにも理由がある。今、香港では白シャツ姿の犯罪集団が抗議者たちを襲撃しています。8月5日には一人の男性が彼らに襲われて手足を切りつけられ、左足の感覚を失ってしまいました。デモ隊が破壊したレストランや雀荘は、その犯罪集団が経営する店だったのです。警察に任せれば?と思うかもしれませんが、警察はまったく信用できません。8月31日には地下鉄で警察の無差別襲撃事件が起き、血まみれの人たちごと警察は駅を封鎖。救援隊を中に入れさせず、けが人が2時間以上放置されたことで、翌9月1日には激しい抗議活動が繰り広げられました。その後も青年が複数の警察に押しつぶされて意識不明の重体となり、9月7日にはまったく破壊活動をしていない高校生が何人もの警察によって肩と右手小指の骨折と頭を縫う怪我を負わされるなど、行き過ぎた暴力行為が頻発しているんです」  もちろん、香港市民が過激な抗議活動を全面的に肯定しているわけでもない。しかし、抗議者たちは葛藤しつつも過激な抗議活動を「非難」するような声はないという。 「最前線で戦う人たちを“勇武派”、平和的なデモ活動を行っている人たちを“和理非”(平和・理性・非暴力の意)と呼びますが、抗議の声をあげるだけでは香港政府が動かないことをみんな認識している。和理非からすると、自分たちにできない方法で勇武派が香港政府にプレッシャーをかけてくれていたので、ようやく逃亡犯条例改正案が撤回された、と感謝している。だって、怖いんですよ、今の警察は。最前線で相対したら怪我はするし、下手したら死ぬかもしれない。そんな勇武派が傷つかないようにと、心配している和理非が多いんです。だから、逃亡犯条例改正案撤回後に抗議活動が激しさを増しても、和理非のなかで勇武派を非難するような声は上がっていません」
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デモに参加せずとも陰で支える市民の思い
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