生きづらい社会がひきこもりを生んでいる? 日本社会の構造変化がもたらした孤独死問題

 ひきこもりという言葉を聞くとどのようなイメージを持つだろうか。学校や仕事、遊びなど社会的な交わりを断ち、対人関係を持たない生活をしている。このような意味と捉えている方も多いことだろう。  他方、ひきこもりの定義自体は曖昧で、人それぞれに置かれた立場や生活スタイル、育った環境によるところも大きく関連性がある。ひきこもりを掘り下げて考察していくと、世の中の動きや人間模様が伺える。  「7040問題」や「8050問題」と呼ばれる、高齢化した親が子供の面倒を見る家庭の実情。バブル崩壊後の景気に左右され、安定した職業に就けなかった「ロスジェネ問題」。ひきこもりをマクロな視点から見ると、日本社会の複雑な構図が浮かび上がってくる。  内閣府の最新の調査では、40~64歳の中高年のひきこもりの数が61万人とされている。近年、関心が高まる「大人のひきこもり」がなぜ起きているのか。どのような背景があり、ひきこもることを選択しているのか。  これらを徹底討論するイベントが、7月25日に朝日新聞社メディアラボ渋谷分室にて開催された。  ノンフィクションライターで『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)著書の菅野久美子氏や、千葉商科大学専任講師の常見陽平氏、ロスジェネの当事者でありフリーライターの赤木智弘氏らが登壇し、大人のひきこもりのリアルについて議論が交わされた。

年越し派遣村から10年。あれから産業構造はどう変わったのか

菅野久美子さん(中央)

 まず、ひきこもりについてそれぞれの立場から思うことを述べた。  孤独死の取材を通して、ひきこもりの現場を知る菅野氏は、「孤独死というと高齢者のイメージだが、実際には働き盛りの30代、40代にも起こっている。日本には約1000万人が孤立状態にありその中で毎年3万人が孤独死していると言われるが、肌感としてこの2倍に上っているのでは」とリアルな事情を吐露した。孤独死を迎える人の多くがひきこもり状態にあり、発見が遅れることで特殊清掃を要する必要性が生じる。年々孤独死が増えるにつれ、特殊清掃業者も増えていっているという。  この状況について、「ひきこもりは人間社会の生きづらさが露呈していると言える」と常見氏は指摘した。続けて、「年越し派遣村から10年を迎えたが、仕事とは言えない業務やブラック企業の過酷な労働により、ひきこもらざるを得ない状況にあったのではないか。また、2000年代以降にコミュニケーション能力を求められる求人だらけになってしまい、コミュニケーションを苦手とする人の働き口が少なくなった」と論じた。

赤木智弘さん(中央)

 時代の流れの中で起こる産業構造や就業構造の変化が、結果としてひきこもりを生んでいる。このように考察を深める常見氏に対し、就職氷河期を経験して自らも当事者だった赤木氏は次のように語った。 「就職氷河期に、仕事に就けなかった人は仕事に対して良いイメージを持っていない。この思い込みを払拭しないと、いくら就職氷河期世代向けのセミナーを開いても来ないのが現状」  月15万を稼ぐために、非正規の仕事で辛さや苦しさを経験している人がいたとする。その人に月30万の求人を提案しても、今の仕事の2倍大変になると思い込み警戒してしまうという。  就職氷河期の時代にうまく職に就けなかった人は、正社員としてステップアップしてきた人との仕事観のギャップが生じていると赤木氏は述べた。

残されたゴミからその人の生きづらさや生き様が現れる

 孤独死の現場では、ゴミを捨てられずゴミ屋敷状態になっている場合も多い。なぜ、ゴミを出せなくなってしまうのか。単に面倒だからという捉え方ではなく、ここにも人間社会の生きづらさが垣間見えるという。 「ゴミを捨てること自体、収集日が決められていたり、地域によって分別の仕方が異なっていたりと面倒なことが多い。社会的なルールが生きづらさを生み、ゴミを溜めてしまうのでは」と常見氏。  また菅野氏によると、孤独死の現場では、尿の入ったペットボトルが部屋中に置かれているケースもよく見るという。 「男性に多いのが尿入りペットボトル。トイレに行くのも面倒になり、用を足すときはペットボトルに入れるなど動くこと自体に苦痛を感じている」  このような状況に陥ってしまうのは、仕事がうまくいかないことによる精神的な問題。長時間労働や病などによる肉体的な問題。このようなことが影響し、生活を崩してしまう。さらに、動くのが面倒になれば、外とのつながりを持てなくなり、ますますひきこもり状態が深刻化していく悪循環に陥ってしまう。
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ロスジェネとひきこもりの相関性
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