カネカ騒動に思う、「自己犠牲」を求める企業の古さ。制度があっても退職が後を絶たないのはなぜか

 カネカの元社員の妻によるツイートが発端となり、騒動となっている。ツイートによると、男性社員が育休を取得し、復帰した直後に転居を伴う異動辞令が出され、異動時期の交渉をするも却下、有給を取得することも出来ず退職に追いやられたという。  この騒動に対する反応の多くはカネカの対応を批判するものであるが、大手日系企業に数年間勤めた経験のある私にとっては「よく聞く話」だと感じた。「全国転勤あり」という職制を武器に振りかざし、育休制度を活用した社員を退職に追いやる、という、これまでもあったはずの一種のハラスメントがようやく明るみに出た形だ。  現在、女性社員に対する育休・産休の制度は、充実している企業が多い。男性社員に対しても育休義務化が検討されるところまできた。ところが、依然として、産休・育休後の退職は少なくない。制度は整っているはずなのに、それが有効に機能しないのはなぜなのか?

制度が充実していても「働きやすくない」実態

 私が勤めていた大手日系企業は、女性社員に対する産休・育休制度は大変充実したものだった。男性社員に対しても育休取得を推奨し、その取得率の高さを企業PRとしても使っているほどだった。しかし、それらの制度が充実しているにも関わらず、子どもを持つ女性社員が働きやすそうにしている姿を見たことがない。  私と同じく総合職で入社し、2年ほど前に出産した女性社員はこう話す。 「基本的には、保活を前提とした子作り計画を立てるの。0歳児じゃないと保育園入れないから、それと逆算して月数を数えて、排卵日チェックして。子作りも、仕事の作業のうちって感じだよね。子どもは欲しいから仕方ないけど、夫婦仲的には冷めたもん」  子どもが0歳のうちの方が保育園に入りやすい。そのため、4月の入園のタイミングで子どもが0歳でいるよう調整しなければならないのだ。保育園に入れなければ、復職を諦め、育休期間を延ばさなければならなくなる。  その女性は1年で復職できたものの、共働きに理解のない上司ゆえに、出産前同様、フルタイムに加えて残業もしながら働いた。給与水準も高くいわゆる大手企業と言われるようなところでは特に、現在の部長・課長層クラスの年代の男性社員の配偶者は専業主婦であるケースが多く、「子どもを持ちながら働く女性」の大変さやイメージが実態として掴めていない。  そうした男性社員は、子育てを配偶者に任せきりにして深夜残業をしていた経験から、乳幼児の子育てそのものへの理解も少ない。この世代間ギャップ、時代の変わり目のひずみの中で、現代の共働き夫婦や、働きながら子どもを育てる女性社員が苦しんでいる。

育休・産休後の人事評価の不透明さ

 悩ましいのは、育休・産休後の「働きやすさ」の問題だけではない。育休・産休後の人事評価が極めて不透明であるという点だ。育休復帰後は元の職場に元の役職のまま復帰させる、ということは決められているが、逆に言えばそれ以降の人事評価については、不透明のままになっている。  私が勤務していた会社では、通常では数年に1度受けることができる昇進試験があった。前出の女性は、復職後に受験を見送らされていた。その昇進試験の時期を見越して、年度替わりのタイミングでは確実に復職しようと、子作りの段階から復職のタイミングまで全て計算したはずだったのにもかかわらず、だ。 「どうして昇進試験を受けられないのか、と上司に聞いた。でも、返ってきた答えは『人事部が決めたことだから。僕も頑張ったんだけどねぇ』だった。じゃあ、いつ復職すればよかったんだろう。結局、いつ産んだって、どんなに気をつけたって、損するんだよ」と本人は話す。  実際、育休後の昇進に関する決まりは何も明示されていない。どれだけ育休をとったら、いつ復職したら、昇進試験を受けることができるのか、そこまで含めて、会社側が明示すべきではないのか。
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「全国転勤あり」が共働きにマッチしない
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