最低賃金2000円以上が可能な経済学的な理由<ゼロから始める経済学・第4回>

遠回り過ぎる「アベノミクス」の理屈

 はじめに、結論を述べます。  最低賃金1500円は十分可能である。そのうえで、筆者は2000円以上にすべきと考える。  これまで3回の連載で述べてきたように、「デフレからの脱却」というアベノミクスのスローガンは、克服すべき対象を「デフレ」に見定めている点で誤っています。また、「大胆な金融政策」で「デフレからの脱却」ができるとの考え方も適切ではありません。さらに、「強い経済」を目指せば、財政再建から賃金までほとんどの経済問題が解決するかのように考えることも幻想です。  にっちもさっちもいかないように思えます。が、そんなことはありません。  多くの経済学者は「デフレ」こそ問題だとしています。そして「デフレ」の原因は、賃金の低下と消費の減少に現れる経済の停滞です。この停滞状況を改善すれば「デフレ」が直る可能性があります。つまり、賃金を上げればよいのです。  筆者は、アベノミクスの方法は、目的達成の手段として遠回りすぎると感じています。  アベノミクスは、(1)金融政策を通じて、マネタリーベースを増やす、(2)金利を下げる、(3)物価を上げる、(4)トリクルダウンを起こす、それらの結果として、(5)賃金と消費が増える、(6)投資が増える。こういった好循環を期待するものです。  ストーリーとしてはよくできています。しかし、一つ一つのプロセスの間にある隙間が大きすぎます。日銀が供給したお金が最終的に労働者の手元に届くためにはいくつものハードルを飛び越えなければなりません。  繰り返しになりますが、賃金を増やすことが必要なら、直接に賃金を増やす方法を考えるべきです。政策は、より直接的な効果を狙って、目標に対して、まっすぐ打ち出されるべきなのです。

1500円への最低賃金の引き上げは余裕で可能

 国ができることでは、最低賃金制度が最も直接的です。働き方改革はどっちに転ぶか分からないところがありますが、労働時間規制を通じて、賃金率(1時間当たりの賃金)を上げる可能性があります。より自律的な方法としては、労働者や労働組合の交渉力を高めることが考えられます。それだけでなく、経営者にも、賃金を上げることの社会的意義を理解してもらう必要があります。  今回は、ややセンセーショナルな話題になった1500円の最低賃金を求めるムーブメントに着目して考えてみましょう。  1500円の最低賃金を求めたときに聞かれる話題は、(1)最低賃金を支払えない会社が潰れてしまう(2)1500円の賃金を支払えない会社は潰れてもよい、の2つです。  ここで問題を整理し、筆者が論じる対象を限定します。まず、従業員数5人未満または経営者報酬が従業員の平均給与の2倍を超えない企業は除きます。このような企業は、家族経営か自営業に近く、「資本主義的生産の利益」を享受しているとは考えられないためです。  本稿が扱うのは、あくまでも資本主義的な労働市場で雇用される労働者のみです。したがって、公務員、協同組合、NPO(非営利団体)を同じ基準で考える必要はありません。  資本主義とは、すごく簡単にいうと、「雇用に基づく経済」のことです。 「資本主義的生産の利益」とは、企業が労働者を雇用して経済活動を行うことから得られる利益を指します。そして、資本主義が成長する力の源泉は企業にあります。ここが大事なポイントです。  企業は、資本の力を使って労働市場から労働者を買い集め、企業が設定したなんらかのミッションに向かって邁進させます。このとき、労働者は人間の持つ生産的な能力を発揮します。労働者同士でコミュニケーションを取り、どうやったらうまくいくかと考え、手分けしたり、力を合わせたりして働きます。そうして、個人では成し遂げられない成果を上げるのです。企業の機能は、労働者ひとりひとりがもっている力を、組織の力として発揮させるところにあります。  この「資本主義的生産の利益」を、企業の利益に還元させることで成長するのが、資本主義です。  ちなみに、この力を発見したのは、ピエール・ジョゼフ・プルードンとカール・マルクスという2人の人物です。彼らは、この力を「集合力」や「集団力」と名づけました。
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日本の労働者は1時間当たり約4000円を生産している
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