家を奪おうとする我々に、住人の少年は微笑みかけた<競売事例から見える世界29>

「これって、どんなお仕事なんですか?」少年は無邪気に問いかけた

「人に見られたくない現場」で出会う人々

 死臭漂う物件、ペット虐待物件、ゴミ屋敷、廃墟に豪邸。  様々な物件とそれぞれの事情を抱える債務者、そしてその家族。  時には債務者を利用しようとする、陥れようとする個人や団体。あるいはこれらに巻き込まれる人々。  恐らく多くの人が思う、“人に見られたくない場面”。そんな最悪の場面に我々不動産執行人はやってくる。  日々“人に見られたくない場面”を見守り続ける不動産執行人は、そこで発生する大抵のイベント、トラブル、ヒューマドラマ、人間模様に最早驚きすら持てず、感情が揺らぐことも無いのだが…、出会うたびに考えさせられる存在もある――。  子ども。  夏休みや冬休みといった長期休暇時の執行では、子どもと出会うこともしばしばある。  他人事のようにボーッと眺めている子、こんな事態に陥ったことで親をなじる子、暴れる子、為す術もなく笑ってしまう子、親を気遣う子、DVの矛先にされる子やネグレストとなっている子に引きこもり、中にはそんな子どもの前で泣き崩れ執行人にすがる親もいる。  このように子どもにとっても “人に見られたくない場面”。  そこに、何故か当たり前のような顔で佇む部外者「不動産執行人」という存在は、どうも彼らにとって印象深いようで、自分の家が差し押さえられた際に「不動産執行」というものを知り、この世界に足を踏み入れたという人物も少なくない。  同時に子どもたちの振る舞いも、我々の脳裏に残る――。

新興住宅地のはずれにあるゴミ屋敷

 古い新興住宅地のはずれに位置する築20年ほどの建売住宅が今回の当該物件。当時流行していたカラー瓦が今は古めかしさを演出している。  湿気には悩まされているようで、外装には苔が目立つ。  駐車スペースに止められている商業車のナンバープレートは既に外されており、車検ステッカーから4年以上放置状態であることが伺える。  伸びきった雑草に散乱するゴミや放置物、これらの状況から室内のゴミ屋敷化という懸念がある中、唯一青年向けと思われる自転車にだけは頻繁に使われている形跡があった。  呼び鈴を鳴らすと50代半ばの男性債務者が無言で扉を押し開く。想定通り室内はゴミ屋敷化しており、玄関先からうず高くゴミが積まれている。  居間であったのであろう空間で話を聞くと、事業が頓挫してから妻が出ていき、代わりにやってきた債務者の母親が貰う年金、そしてこれまで蓄えてきた僅かな貯金を切り崩しながら細々と暮らしてきたようなのだが、そんな金も底をつき現状に至るとのこと。  毎回ゴミ屋敷に足を踏み入れるたび不思議に思うのだが、キッチンは遥か昔に荒廃しており、風呂釜にも年季の入ったゴミが山積。掃除が放棄されたトイレも汚れとゴミが酷く通常利用が困難という状況の中、一体彼らはどのように生活しているのだろうか。
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「こんにちは」と不意に挨拶をされ……
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