世論操作は数十セントから可能だった。NATO関連機関が暴いたネット世論操作産業の実態

ネット世論操作産業。3つのセグメント

 ネット世論操作産業は大きく3つのセグメントに分けられる。3つの違いは利用するアカウントの品質だ。 1.ローエンド  低価格で低品質。プログラムで登録したアカウント(プロフィールもコンテンツもない)で、ほとんどがボットである。その行動もプログラムによるものなので、検知されブロックされることが多いが、長期間生き残るものもある。ローエンド業者は検索エンジンで簡単に見つけることができる。 2.ミドルレンジ  プログラムで登録したアカウントだが、検知されにくくするための最低限のプロフィールやコンテンツが用意されている。操作はプログラムによることが多いが、時には人間が操作することもある。買い手から見た場合、高い料金を取るローエンド業者との区別がつかない。 3.ハイエンド  リアルに存在する利用者のアカウントで、1年以上前に作られており、電話かSMSで認証されている。プロフィールやコンテンツもきちんと用意されている。いいね!やコメント投稿は手動で行われる。依頼主の目的に合うように居住国、性別、年齢などを設定する。これらの業者は紹介者を介すか、特別業界に通じた人間でないと見つけることは難しい。  このレポートでは、コメント投稿、いいね!、登録者増、アカウントの4つのサービスについてセグメントごとの価格分布を比較検討している。SNSの種類などによって違いがある。  たとえばYouTubeでは価格と品質にはっきりした関係があった。ハイエンド業者は高く、ローエンド業者は安い。しかし、それ以外のSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム)についてはセグメント間での価格の違いはほとんどなかった。つまりローエンド業者で高価格なこともあれば、ハイエンド業者でも安いこともある。  また、SNSごとにサービスの価格順位は異なっていた。フェイスブックではいいね!は登録者増(友達増)よりも安かったが、インスタグラムでは逆にいいね!の方が高かった。

ネット世論操作ソフトウェアによるネット世論操作

 ローエンドからミドルレンジ業者が扱うサービスで、金目的には有効である。選挙などの場合はハイエンドのサービスがよいらしい。  サービスには包括的なナレッジベース、動画チュートリアル、24時間365日対応のカスタマーセンター、開発要員は20名。ロシアの銀行に口座を保有。顧客の多くは企業や個人。  レポートではソフトウェアの実例が紹介されており、その内容は下記のようになっていた。 2つのモードを持っており、アシストモードはアカウントの運用をSNS事業者に検知されないようパラメーターなどの範囲を自動的に調整する、テクニカルモードはアカウントを制御、運用するモードで情報収集(主として競合相手のアカウントから)なども行う。 購入時には下記のサービスがついてくる。 ・アカウントの登録 ・狙ったSNSアカウントの情報収集 ・収集した情報へのアクセス ・一括してのいいね!やフォローの実行。このソフトウェアは一般利用者からのいいね! やフォローも予想することができる。 ・大量コメントの投稿  このパッケージは複数の下請け業者によって支えられており、リセラーも存在する。 ●ハイエンドサービス  ハイエンドサービスではSNSの種類で見るとYouTubeのネット世論操作がもっとも高く、インスタグラムが一番安価である。サービスの種類では登録者(チャンネル登録者、友達など)やフォロワーを増やすのが安価でコメント投稿が高い。 ●DDoS  DDoS攻撃(大量のアクセスによってサーバーをダウンさせる)も請け負っている。価格は非常にリーズナブルで小規模なサイトなら5ドル、中小規模でも200ドル程度だった。 ●DDoS2.0  ネット世論操作の主戦場はフェイスブックなどのSNSであり、これをDDoS攻撃で落とすのは至難の技である。そのため新しい攻撃が行われている。サーバーを落とすのではなく、アカウントあるいはページを見れなくする手法で、効果としてはサーバーごと落としてコンテンツが見られなくするのと同じになる。  方法は簡単でボットあるいは手動で狙うアカウントあるいはページが規約違反であるというウソの申請をSNSプラットフォームに送りつけ、一時的にアカウントあるいはページの公開を停止させるのだ。主に人権団体やジャーナリストに対して用いられている。 ●キャンペーン・マネジメント  ハイエンドサービスではネット世論操作全体のキャンペーン・マネジメントを行うこともある。クライアントは政治家か起業家であり、ネット世論操作を使うことに良心の呵責を感じていないという。  ボット、サイボーグ、トロールを使い、ブログやニュースサイトあるいは影響力のあるジャーナリストなど多数の情報チャネルに情報を流して目的を達成する。同時により広い人々に影響を及ぼすためSNSの広告も利用する。  旧メディアである新聞やテレビに取り上げられるようフェイクニュースを作り、ファクトチェックの記事が目立たないように、紹介記事を流したりもする。  このレポートに書かれている内容の多くはロシアのネット世論操作機関IRAがやっていたことと同じだ。(くわしくは『ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに』2019年2月18日HOBL) ●フリーランス  こうした業者は社内の人間だけで処理するだけなく、外部委託も行っている。1時間1ドル以下で仕事を引き受ける個人がいくらでもいるのだ。トップクラスのフリーランスを見つける時はUPworkなどのフリーランス紹介サイトを使うこともあるようだ。このレポートのリサーチャーは1日に超愛国的な投稿を最大10本行う仕事の募集記事を発見した。報酬は1本当たり1.5ドルから50ドルだった。  日本でも同様の募集記事がクラウドワークスやランサーズといったサイトに掲載されたことがある。
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ロシアの業者がほぼ独占
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いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。
 近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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