ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗

ネット世論操作対抗策も進化

 ネット世論操作産業の拡大に対し、フェイスブックはより多くのチェッカーを雇い、フランス通信社(Agence France-Presse)やメキシコのメディアNGO、Verificadoなどとファクトチェック組織とタッグを組んでいる。フェイスブックはこうした活動により、彼らの資金源を断ち、活動停止に追い込めると考えている。  ネット世論操作業界は、ボット検知が高度化に対して、ネット世論操作を行う側は人手による作戦に切り替えつつある。フェイスブックはこうした人手による活動防止策については回答を拒否した。  こうした不可視化への変化はアメリカ下院議会に提出されたレポートにもあった内容と一致しており、世界的なネット世論操作の傾向のようだ。(参照:ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに:HBOL)   Verificadoは昨年の選挙のために、イギリスのKrzanaというAIを利用したネット監視システムを利用してフェイクニュースの自動検知を行った。Verificadoは90以上のメキシコのメディアによるフェイクニュース対策のためのNGOであり、フェイスブックやグーグルも協力している。 『AI to help tackle fake news in Mexican election』(2018年6月30日、BBC)によると選挙キャンペーン開始以来、130人を超える人が死亡しており、フェイクニュースに迅速に対処するためにAIを導入したという。  投票期間中に使用された(記事では予定となっていたが、実際に使用された)AIシステム「Krzana」は、あらかじめフェイクニュースの学習を行っており、高速にフェイクニュースを峻別することができる。ただし最終判断は人間が下していた。  Krzanaはイギリスの企業Krzana社(Twitter:@krzanaltd)が提供するSNSの上の投稿の情報収集、分析のためのツールである。多国語対応しており、選挙活動の監視だけでなく、ローカルニュースの収集、天気情報の収集などにも使われている。  私の知る限り、メディア側がネット世論操作対策のために大規模なAIシステムを利用したのはこのケースだけである。メキシコではネット世論操作も盛んだが対抗策でも先をいっている。

ジャーナリストにとって、世界でもっとも危険な国

 2017年5月15日、メキシコのドラッグカルテルや犯罪組織を調査していたRío Doce紙の共同創業者Javier Valdez Cárdenが乗っていた車から引きずり出され、12発の銃弾を浴びて殺された。犯人は彼のファイル、ノートパソコン、スマホを奪って消えた。  のちの調査で彼のスマホはイスラエルのサイバー軍需企業NSO Groupが開発、販売しているスパイウェア、Pegasusに感染していた可能性が高いことがわかった。この他にもソーダに関する税金を支持していた公衆衛生の担当者がPegasusに感染させられるなどの事件が起きている。  NSO GroupのPegasusはメキシコの他に、カナダ、サウジアラビア、イギリス、アメリカなどで発見されており、ジャーナリストを始めとして28人がターゲットとなっていた。同社によれば販売先は政府機関だけであり、その利用はテロの防止などの用途に限定されているはずだが、実際には言論封殺などに用いられていることが暴露されている。  Pegasusの利用はメキシコに多く、同国内で複数のオペレータ(Pegasusを操作している主体=通信から特定)が複数あることがわかっている。メキシコ政府のどこかであることはほぼ確定と見られているが、それがどこの誰なのかはわかっていない。 ●『RECKLESS VI Mexican Journalists Investigating Cartels Targeted with NSO Spyware Following Assassination of Colleague』  スパイウェア(ここではガバメントウェアあるいはリーガル・マルウェアと呼ぶべきかもしれない)の利用においてもメキシコは悪い意味で世界の先端を走っているのだ。  こうした状況にもかかわらず、果敢に報道を続けるメキシコのメディアやジャーナリストの姿勢には頭が下がる。”政府のご好意”によって記者クラブで取材を行っている日本の新聞や放送とはまるで違う。メキシコのメディアとジャーナリストはネット世論操作に立ち向かっているが、日本ではほとんど無関心である。政府からなにも情報が出ないから自分たちで学び、調査するということが面倒なのかもしれない。  なお、これらを暴いたカナダのトロント大学にあるシチズンラボもNSO Groupのターゲットになったようだ。  2019年1月25日、シチズンラボ代表のRon Deibertは研究員2名に対するスパイ行為についての声明を公開した。研究員に対してそれぞれ別個に接触が図られ、シチズンラボの本来の業務とは関係ないことについて訊き出そうとされた。 ●『STATEMENT FROM CITIZEN LAB DIRECTOR ON ATTEMPTED OPERATIONS AGAINST RESEARCHERS』  シチズンラボとAP通信社の調査ではNSO Groupの関与を決定づける直接の証拠は見つからなかったが、接触してきた相手の関心はシチズンラボの信用を失墜させようとしておりNSO Groupに関する言及が多かった。  また、接触で用いられた手法はハーヴェイ・ワインスタイン事件で暴かれたイスラエルのスパイ代行会社BlackCube社の手口に酷似していた。ニューヨークタイムズの調査で2度目の接触に現れた男が同社の人間だということまではわかっている。
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言論封殺に利用されるスパイウェア
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