弱きものがさらに弱きものを食う。最下層のトリクルダウン<競売事例から見える世界25>

 不動産執行人チームのリーダー的存在である執行官。  大半の執行官は裁判所の書記官引退後に自らの意思で就任している。  何事にも動じない精神力、債務者といざこざを起こさない穏やかな性格、嘘や隠し事を見抜く洞察力に、トラブル対応の冷静な判断力。様々な能力が求められる役どころだ。  基本的には前記のようなポーカーフェイスで冷静沈着な人ばかりなのだが、古くからの執行官には人情味あふれる人も多く、実際にかつては執行官の人情で現場が回っているフシもあった。  現在では既に退職し残念ながら現場で出会うことはもうないのだが、とても情熱的で人情味あふれる執行官と1年ほど前まで仕事を共にしていた。  今ではお目にかかれないような熱いお説教が債務者にぶつけられるというシーンを度々目の当たりにしたものだった――。  K執行官。  とにかくよく喋る。余計なことだろうが一言多かろうが、思ったことをなんでも口に出す。それでもどこか憎めないキャラクター性からトラブルに発展することはなかった。  社交ダンスを嗜んでいるようで、債務者のいない執行などでは、物件測量のためクルックルッと華麗なステップ&ターンを披露してくれる。  他のみんなは無視していたが、僕はこのK執行官のターンが大好きだった。  ちなみに測量のためになぜターンを用いるのかと言うと、日本家屋の多くは間尺で間取りが作られているため、両手を広げた約180センチが1間、片腕を広げた約90センチが半間、肘から先の約45センチが0.25間といった具合に、体で寸法を瞬時に図ることが出来るためだ。  さて、そんなK執行官と共にやってきたのは、駅からも遠く周囲になにもない地域に忽然と用意されたマンモス団地の外れにある理髪店。  2階建て4店舗が横並びにくっついた昔ながらの店舗住宅だ。  痛みは激しく、隣接店舗は違法増改築だらけの上に廃墟化という酷い有様。  マンモス団地に人が大勢いた頃には客足も多かったのだろうが、今やエレベーターのない団地の2階以上には誰も住んでおらず、1~2階にポツポツと独居高齢者が住んでいる程度。  周辺人口の激減に加え、4000円という長年据え置きの価格設定もあり客足は遠のく一方だった。
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“無能”な人々が互いに潰し合う地獄
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