新年早々炎上した「黒塗りメイク問題」は、日本のお笑いがさらに発展する絶好の機会である

日本のお笑い番組も、世界からの目を意識せざるをえなくなった

「そんなものは一切気にする必要はない」と考える人もいるかもしれない。それはそれで1つの意見だと思う。  しかし、現在では、日本のバラエティ番組が海外で放送されたり、企画自体が外国のテレビ局に販売されたりすることは普通にある。また、日本に住む外国人の数も年々増え続けている。合法・違法を問わず、動画サイトなどを通じて海外から日本のテレビ番組を見ることも簡単にできる。もはや「日本のテレビ番組は日本人だけに向けて作られているものだから、外国のことを気にする必要はない」と言っていられる状況ではない。  もちろん、今回の番組の作り手に差別的な意図があったとは思えない。  「黒塗りメイクは差別表現である」という意識は、日本社会ではまだ十分に根付いてはいない。そういう批判が来る可能性を想定していなかったか、想定していたとしてもそれがさほど深刻なものであるとは思っていなかったのだろう。  ただ、ブラックフェイスはすでに国際的にはタブーとなっている。日本には多くの黒人が暮らしている。ウェブなどを通してこの番組を偶然見てしまう外国に住む黒人もいるだろう。その人たちの中に差別表現で傷つく人がいるならば、それを無視することはできないのではないか。  日本のお笑い文化やバラエティ番組を愛する者として、こういった騒動に対して作り手が戸惑いを感じる気持ちはよく分かる。何でもかんでも差別だとか問題があるとか批判されてしまったら、表現の幅は狭くなり、自主規制の動きも強くなり、作り手はその状況に不自由を感じることになるかもしれない。  ただ、メディアのあり方が変わっている以上、そこで許される表現の幅が時代によって変わっていくのは仕方のないことだ。昔は許されていた表現が今は許されないこともある。今回の件は、世界に広がる可能性のあるエンターテインメント作品が作られているからこそ、世界からの目を意識せざるを得なくなっている、というふうに理解すべきだと思う。  一お笑いファンとして、今回、唯一残念だったのは、1月14日放送の『ワイドナショー』でダウンタウンの松本人志がこの件に関してはっきり意見を述べなかったことだ。松本はこう言っていた。 「これに関しては、まあ、あの、本当いろいろ言いたいことはあるんですけれども、面倒臭いので『浜田が悪い』でいい。あいつを干しましょう」  同じ番組の中で「じゃあ、今後黒塗りは『なし』でいくんですね。はっきりルールブックを設けてほしい」と投げやりにも取れる言葉も残していた。  松本の立場上、この件について個人的な意見を表明するのが難しいのだろうということは十分承知している。ただ、ここは冗談で逃げずに、お笑い界の第一人者としての率直なコメントを聞いてみたかったところだ。  私が知りたかったのは、松本が普段どういう人を対象にして自分の番組を作っているのか、ということだ。  『笑ってはいけない』シリーズ、およびそのレギュラー版である『ガキの使いやあらへんで!!』は、世界中の人を笑わせるためのものなのか、それとも日本に住む日本人だけのためのものなのか。  繰り返しになるが、日本で最も有名で最も影響力のあるお笑い芸人の1人である松本人志が、これを明言しづらい立場であることは百も承知だ。ただ、松本がこれを言えないならば、ほかに誰が言えるというのか。  今回の件は、日本のお笑い文化が現在どういう状況にあり、これからどういう方向に向かうべきなのか、ということを改めて考えさせられる機会となった。  私自身は、日本のお笑いやバラエティ番組には世界に通用する潜在的な魅力があると感じている。今回の騒動が起こったことも、作り手にとって決してマイナスではない。  世界市場のルールを学び、そこで勝ち抜く基本戦略を身につけるための絶好の機会となったと考えるべきではないだろうか。 【ラリー遠田】 お笑い評論家。東京大学卒業後、テレビ制作会社勤務を経てライターに。漫画原作者、行政書士としても活動。株式会社シンプルトーク代表取締役。『AERA dot.』『日経ウーマンオンライン』『ヤングアニマル嵐』などで連載。『オモプラッタ』編集長も務める。公式ブログ「おわライター疾走」
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