アルゼンチン潜水艦遭難報道に隠れて、アルゼンチン軍事政権下時代の「闇」がついに結審

拘留と拷問の舞台となったアルゼンチン軍事政権下の海軍工科高等学校(Escuela de Mecanica de la Armada /ESMA)。 photo by Adam Jones via flickr(CC BY-SA 2.0)

 今回、アルゼンチン海軍の潜水艦サン・フアンの遭難事故が国際的にも大きな注目を集めているが、その事故報道に隠れて、アルゼンチンの歴史における「闇」に関する裁判の判決が11月30日に出たことを知る人は日本にはまだ少ないであろう。  その裁判は「ESMA」という名前が付けられている。  ESMAというのは海軍工科高等学校(Escuela Superior de Mecanica de la Armada)のそれぞれイニシャルを取ったものである。この学校がこの事件に関与していた軍人の本部で、そこに拉致して監禁し拷問などを行っていたという事件であった。  11月30日に、ついにその事件の判決が下り、29人に終身刑、19人が禁固8年から25年、6人が証拠不十分で無罪放免とされたとなったのであった。

大西洋上に裸のまま軍用機から投げ捨てられた

 この事件は1976年から1983年まで続いたアルゼンチンの軍事政権下で、軍人が共産主義者など左派思想者を対象に教師、ジャーナリスト、一般人、学生らを拉致して監禁し拷問。最後は薬物ペンタノールを投与したあと、裸にして軍用機に乗せて陸から遠く離れた大西洋に彼らを投下して殺害していた虐殺事件である。 「El Pais」紙の記事によれば、<4000人余りが彼ら軍人によって殺害された>とされている。軍用機から投下された者の中に生存者は誰ひとりいないことから、当初は被告の誰もがその犯罪が行われていたことを否定した。しかし、彼らによって拉致され、監禁されて拷問を受けたが、軍用機から投下されず助かった生存者が多くいた。その数は<789人>。彼らの証言を基に、弁護側は僅かの資料を手探りに、その非道な行為が実際に存在していたことを明かしていったのである。  ミリアム・レウィンはESMAに2年間拉致されていた人物で、彼女の目撃によると<裸にされる前にペンタノールを注射され、その後に、トラックに乗せられて軍用機が待機している所まで運び、海に投下されていた。毎週水曜日にそれが実行されていた>と『El Pais』の取材記者カルロス・クエに語った。  マルティン・グラスは<1977年1月に拉致されて1年半、長さ2m、幅70cmの独房に閉じ込められていた>そうだ。彼はもともとペロンの左派思想を信奉して、当時の軍事政権に反対していたゲリラ組織モントネロスのメンバーだったという。拉致されて消息を絶った全員の代弁者になることを彼らに誓ったそうだ。(参照:「El Pais」)  マリア・イサベル・プリジオネ・グレコはESMAで生まれた。<1978年2月から3月の間に、彼女の母親クリスチーナ・グレコが二度そこに拉致された>時に出産。<父親アルマンド・プリジオネもそこに拉致された後、母親と同様に軍用機から投下された>、とマリア・イサベルは理解している。彼女は最終的に祖母の元で育った。彼女は今回の判決から逃れた共犯者がまだ存在しているとして追及して行くという。(参照:「Infobae」)
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