名工が語る「本物こそが一流を育てる」――刀鍛冶・吉原義人インタビュー

 美術工芸品たる日本刀を作り続け、国内外の注文が途絶えない人気の刀鍛冶師がいる。名は吉原義人。吉原氏は、20年に一度と呼ばれる伊勢神宮の式年遷宮の際に御神刀制作の指名を3度受け、ゴッホの『糸杉』も収蔵する世界最大級のメトロポリタン美術館に作刀を買い取りされる超一流の刀鍛冶師だ。

見て、触れることでしか得られないものがある

吉原義人

吉原義人氏

 吉原家は、刀鍛冶を代々営む家系だ。当代に当たる吉原義人氏も、現在一振り約300万円の刀を毎年10本ほど制作する。  吉原氏は「初めて刀鍛冶を手伝ったのは小学校5、6年生の頃でした。実はそれまでは刀鍛冶自体ができない時代だったんです」と過去を振り返る。  終戦後、1946年6月に施行された銃砲等所持禁止令で武器になるものの所持や製造が禁じられた。「10年ほど経って刀づくりが解禁され、叔父が刀鍛冶を再開しました。いつしか私も手伝うようになっていました」  以来、吉原氏は少しずつ刀鍛冶にのめり込んでいく。20代になり、刀鍛冶の腕は確かなものになっていった。だが一方で生計を立てるため、鉄鋼業の仕事もかけ持ちで請け負っていた。  転機は27、28歳の頃。24歳から刀を展覧会に出品し続けていくうち、高松宮賞や文化庁長官賞などの受賞歴を積み上げ、「刀鍛冶一本で飯が食べられるように」なった。以来、鉄鋼業の仕事は請け負わなくなった。  美術品としての刀剣の受発注は、一般的な商取引における「注文」とは多少様相を異にする。刀鍛冶に任せられる裁量は大きい。 「注文時のリクエストは、サイズと波紋の形に集中します。刃や刀全体の形、鉄の質の見極め、鞘や鍔(つば)については、鍛冶師のセンスに任せられるのです」  裁量の大きさは、すなわち責任の重さにもつながる。いい刀は技術だけでつくられるわけではない。良否を見極める審美眼、理想の刀の像を描く想像力、そして理想を具現化する技術。これらがそろって、初めて一級品の刀が世に送り出されることになる。  審美眼を磨くには無数の一級品を見て、触れるしかない。吉原氏は、インターネットが広まり、大正や昭和の時代に比べて一人の人間が知る情報量が爆発的に増えた昨今、かえって“本当にいいもの”を見極められない人が刀剣業界に増えてきたと嘆く。 「情報を見聞きするだけではいけません。物事の理解に必要なのは、本物を直接感じること。刀なら、手に持って感じる、刃の匂いを嗅いでみる。先人の実体験に耳を傾ける。そうした現実感をともなう学びが大切なのです。昔はいい刀を集めた勉強会が東京だけでも、毎週末2、3か所で行われていて、私も毎週掛け持ちして勉強しました。無数の刀剣に触れながら、先輩が語る刀剣批評を懸命に聞いて勉強しました」  体験し、情報量を増やす。一流の先達との接点は、計り知れないメリットを生む。 「目指す世界で、一流の人間から直接話を聞く機会があれば、絶対に足を運ぶべき。その世界で秀でた人間と触れ合うことは、ものの見方や良し悪しの判断基準――つまり一流のセンスを学ぶことにつながる。一流の感覚を知って、人は初めて一流に近づくことができるんです」  無数の刀剣を見ることでこそ、一級品についての審美眼は磨かれる。多くの人に会うことで、”一流”が持つ違いに気づくことができるようになる。刀剣でも人間でもロールモデルの存在は、かくも大切なのだ。<取材・文/石田恒二> 【後編】に続く⇒http://hbol.jp/13633 【吉原義人プロフィール】 東京都葛飾区在住の刀鍛冶師。文化庁認定刀匠および日本職人名工会殿堂名匠。若い頃に高松宮賞など上位特賞を総なめにして脚光を浴びる。伊勢神宮の御神刀(20年に一度の勲章)の指名も3度受け、メトロポリタン美術館、ボストン美術館が吉原氏の作刀を買い上げる。『英文版 現代作刀の技術 – The Craft of the Japanese Sword』(1987)、『The Art of the Japanese Sword』(2012)など英語版の著書多数。テキサス州ではダラス市名誉市民に選ばれている。
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