<問題だらけの沖縄県鉄道建設構想>県知事選では全候補が推進派【後編】

 16日に県知事選挙を控えた鉄道不毛の地・沖縄に、ついに本格的な鉄道路線が誕生するかもしれない。  現在、沖縄県の鉄道は那覇空港~首里を結ぶ沖縄都市モノレール(ゆいレール)のみ。しかし、知事選では、4候補者がいずれも沖縄本島南北縦貫鉄道(那覇から普天間基地跡地を通って名護まで向かう路線)の建設を公約に掲げているのだ。そして、地元紙をはじめとするメディア各社も「ついに県民の悲願が叶う」と好意的な受け止め方。基地問題では県を二分して論争が繰り広げられている沖縄だが、鉄道建設の望む点では右も左も一致しているようだ。  しかし、こうした風潮に疑問を呈する声がないわけではない。 ⇒【前編】はこちら https://hbol.jp/12937 鉄道技術専門誌の編集者は「技術的な観点からも問題だらけ」と語る。

県構想で掲げる「鉄輪式リニア」方式自体が間違っている

「構想の中で気になるのが、路線案69kmのうち70%をトンネルにしている点と鉄輪式リニアの採用を前提としている点。特に後者については、鉄輪式リニアのメリットとして掲げていることの大半が間違っているんです」  鉄輪式リニアとは、一般の鉄道が車輪とレールの摩擦によって進むのに対して、レールの間に敷設したリアクションプレートを用いて電磁石の反発で推進力を得る方式。既に都営地下鉄大江戸線や大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線、横浜市営地下鉄グリーンラインなどで採用されている。 「鉄輪式リニアについて勾配や急カーブに強いことが挙げられています。これは一般的にもよく言われているのですが、実は半分正しく半分間違い。鉄輪式リニアは推進力こそリニア誘導モーターに頼っていますが、鉄のレールと車輪がある以上、台車に求められる性能は通常の鉄道と変わりません。つまり、急勾配や急カーブに対応させるためには一般の鉄道と同じように台車性能を向上させなければ意味がないということ。小型化できることもメリットとして言われますが、小型化した上で台車性能を向上させるためには大きな費用がかかり、大量の利用者が見込める大都市圏でもない限りコスト面のデメリットが大きくなってしまいます」  つまり、県の構想が掲げている鉄輪式リニア採用の前提条件がほとんど間違っているというわけだ。 「さらに、小型化することでトンネル断面を小さくできて建設コストを圧縮できるという意見があります。確かにこれも新たに路線を敷設する場所の少ない大都市部では有効です。しかし、沖縄にはあれだけの土地がある。根本的にコスト高になるのが避けられないトンネルばかりの路線を作る理由はどこにあるんでしょうか。できる限り平坦で急カーブの少ない一般の鉄道を敷設すれば、技術的な懸念もなくコストを抑えられる。トンネルありきで沖縄の大自然を車窓から楽しむこともできず、さらに無駄なコストばかりがかかる路線には何のメリットも生まれないと思います」
沖縄県作成の鉄道計画構想図

沖縄県作成の鉄道計画構想図

 もちろん沖縄本島中部は山岳地帯で地形も複雑。さらに景勝地である海沿いは既存の観光施設や市街地が多く、用地買収の問題もあるだろう。トンネルゼロは難しいのも事実だ。しかし、高架化することで問題解消へのハードルは下がる上に、建設費はトンネルよりもはるかに低く抑えられる。また、リニアの場合は新型車両を製造する必要があるが、一般の鉄道ならばJR各社が使用している古い車両を譲り受けて運行することも可能だ。  県の構想では観光需要をほとんど見込んでいないが、実際に今までマイカーに依存してきた県民がすぐに鉄道にシフトする保証はどこにもない。それは全国のローカル線の苦境が示しているとおりだ。さらに、メリットの薄いトンネルばかりの路線と鉄輪式リニアの採用。こうしてみると、現状の沖縄県の計画は現実的ではなさそうだ。  では、どんな鉄道ならば沖縄県にふさわしいのだろうか。前出の編集者は言う。 「出来る限りトンネルを減らし、沖縄の自然を眺めながら走る観光列車でしょうね。もちろん地元住民のために速達性を追求した列車を運行する必要もありますが、やはり観光需要を重視すべき。観光列車によって経営が持ち直しているローカル線も数多くありますし、これらを参考にして沖縄ならではの魅力を楽しめる列車にする。そうすれば、それこそ今まで沖縄を訪れたことのない全国の鉄道ファンもこぞってやってくるようになると思いますよ」  実は、戦前には那覇市を中心に多くの鉄道路線があったという沖縄本島。日本一の観光立県にふさわしい、“乗りたくなる”鉄道が誕生することを祈りたいものだ。 動画:沖縄県による鉄軌道導入ルートイメージ動画⇒http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=2b-t6mbC41Y <取材・文・撮影/境正雄(鉄道ジャーナリスト)>
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