タモリが説く「らしさ」という固定観念の弊害

【石原壮一郎の名言に訊け】~タモリの巻

写真/SigNote Cloud

Q:俺は世の中がどう変わろうと、「男は男らしく」「女は女らしく」が理想だと思っている。自分も常に「男らしい生き方」を目指している。しかし最近は、男が軟弱になり女が生意気になってしまった。「もっと男らしくしろ!」と言えば「古い」と笑われるし、「もっと女らしくしろ!」なんて言ったらどんな反発を食らうかわからない。「男らしさ」を大切にするのは、そんなにいけないことなのか。(佐賀県・28歳・住宅設備) A:このご時世で、堂々と「男は男らしく」「女は女らしく」が理想だと言える勇敢さには、けっして皮肉ではなく敬意を表します。信念を持つのも大いにけっこうかと。ただ、あなたが言うように、それを誰かに言ったら、そりゃ笑われたり反発されたりするでしょうね。とくに女性に「女らしさ」を求めるのは、あまりにも大胆すぎる所業です。  非難や反発を恐れて口にはしないけど、あなたと同じように思っている人は、とくに男性にはけっこういるかもしれません。いわゆる「男らしさ」的なものにロマンやプライドを感じているくせに、そうやって小賢しく空気を読んでいるのはちゃんちゃらおかしい限りです。いや、口にしているあなたはいいんですけど、そのあたりに「らしさ」の欺瞞や落とし穴があると言えるでしょう。 「立派な人間になりたい」と思って努力するのはいいとして、「らしさ」というマニュアルを拠り所にするのは、ちょっと怠慢な姿勢かも。しょせんはお仕着せだし、一面的な価値観に基づいたものでしかありません。そのくせ、伝統や文化といった根拠があるような錯覚を抱けるので、何も考えずに身を委ねれば偉そうな顔ができるという便利な性質もあります。  たとえば「うどんらしさ」とは何でしょうか。「コシがあること」と考える人もいるでしょう。しかし、それは限定的な価値観を元にした「うどんらしさ」に過ぎません。NHKの人気番組「ブラタモリ」の「お伊勢参り」の回(6月11日放送)で、麺のやわらかさが特徴の伊勢うどんをどう思うかと聞かれたタモリは、毅然とこう言い放ちました。 「うどんにコシがあるようじゃダメですよ。ぜんぜんダメ」  タモリの故郷である博多のうどんも、やわらかい麺が持ち味です。以前から彼は、蔓延する「コシ至上主義」に反発して、「うどんにコシなんて必要ない」と主張してきました。コシがあるのも「うどんらしさ」なら、コシがないのも「うどんらしさ」です。自分が知っている範囲の「らしさ」にこだわる必要はないし、それはもったいないと言えるでしょう。 「男らしさ」「女らしさ」だけでなく、ちょっと油断すると、私たちはいろんな「らしさ」に縛られてしまいます。職業や所属する会社、生まれた国や地域、年齢、父親や母親といった立場……。「らしさ」に身を委ねるのは、たしかに便利な一面もありますが、疑ったりツッコミを入れたりする視点を頭の片隅に持ちたいもの。タモリの言葉を借りれば「男にコシがあるようじゃダメですよ。ぜんぜんダメ」という考え方だってアリです。  ほかにもタモリは、「やる気のある者は去れ」「友達なんかいなくていい」といった“常識外れ”な発言をしばしばしています。「らしさ」に縛られている人は、こうは言えません。相談者さんも、せっかく向上心にあふれているんですから、既製品の「らしさ」に自分を当てはめるのではなく、オリジナルな「自分らしさ」を追求してみてはいかがでしょう。 【今回の大人メソッド】

「らしさ」を疑うことで新たな世界が広がる

「らしさ」とは、つまりは「固定概念」であり「常識の押しつけ」です。おとなしく従う必要なんてありません。「男らしさ」だの「日本人らしさ」だのを振りかざす人は、ロクなもんじゃないと思っていいでしょう。「うどんらしさ」におけるコシのあり方のように、積極的に疑うことで新たな世界を広げてしまうのが、「らしさ」の有効な活用法です。 【相談募集中!】ツイッターで石原壮一郎さんのアカウント(@otonaryoku )に、簡単な相談内容を書いて呼びかけてください。 いしはら・そういちろう/フリーライター、コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でデビュー。以来、さまざまなメディアで活躍し、日本の大人シーンを牽引している。『大人力検定』(文春文庫PLUS)、『大人の当たり前メソッド』(成美文庫)など著書多数。近年は地元の名物である伊勢うどんを精力的に応援。2013年には「伊勢うどん大使」に就任し、世界初の伊勢うどん本『食べるパワースポット[伊勢うどん]全国制覇への道』(扶桑社)も上梓。最新刊は、定番の悩みにさまざまな賢人が答える画期的な一冊『日本人の人生相談』(ワニブックス) <写真/SigNote Cloud
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