話題沸騰の書、百田尚樹著『日本国紀』を100倍楽しみ、有意義に活用する方法

大発見?が盛り沢山の『日本国紀』

 秘められた参考文献は他にもたくさんあります。『日本国紀』では紫式部の『源氏物語』執筆動機を「下級貴族出身の紫式部は二十代で藤原宣孝と結婚し一女をもうけたが、三年後に夫と死別し、その悲しみを忘れるためにこの物語を書き始めた」(P71)と断定しています。  この部分を読んで私は椅子からころげ落ちそうになりました。というのも、これが事実だとすると日本文学研究上の大発見となるからです。 『源氏物語』はどのような動機で、いつ書き始められたのか、いまの研究では何ひとつわかっていません。唯一、寛弘5年(1008)に『源氏物語』の中味が宮中で話題にされていたことが『紫式部日記』に記されていて、その頃にはほぼ完成していたらしい、ということだけが判明しています。  さて、実はこの夫との死別が『源氏物語』の執筆動機だというのは江戸時代中期の学者である安藤為章が『紫女七論』という著作で展開した推論です。やはり『日本国紀』には何を参考にしたのか書かれていませんが、まともな書籍であれば、夫との死別云々といった部分はあくまで推定であることがわかるように書かれていたはずです。百田氏が参考文献に推論として書かれていることを、断定の形に変えてしまっているのだとしたら大いに問題ですし、もし確かな証拠があって断定されているのであれば、驚天動地の大発見ですから、ぜひ論文の形で研究を公表していただきたいと思います。  以上、『日本国紀』の楽しみ方の例をいくつか紹介してきました。自分で問題点を探すのは難しいという方も大丈夫。すでに多くの指摘がSNS上でなされていますし、ろだん氏のブログ(https://rondan.net/)などでも検証が進められています。それらを自身の手で改めて調べ直してみればよいのです。  ネットでググるのもいいですが、書店や図書館に足を運んで、関連する書籍を手に取ってみることをお勧めします。そしてなるべくなら『日本国紀』のように参考文献がブラックボックス仕様であったり、やたらと断定口調を多用していないものを選びましょう。いきなり専門書を読むのは骨が折れますから、新書や選書、文庫など、専門家が一般向けに書いた良質な書物はたくさんありますし、山川出版社の世界各国史シリーズの『日本史』などの通史本の記述を『日本国紀』と付き合わせて読むだけでも色々な発見があるだろうと思います。  『日本国紀』を入り口に、あるいは踏み台にして、ぜひ日本の誇る歴史学をはじめとする人文学の営みの森に分け入ってみて下さい。必ずや『日本国紀』が100倍楽しめるようになるはずです。 <文・GEISTE(Twitter ID:@j_geiste〉>
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